奈良硫酸事件

奈良硫酸事件

奈良硫酸事件とは、1954年に発生した、日本の歴史に名を刻む傷害事件です。この事件は、被差別部落に属する女性が、自らの恋人に硫酸を浴びせたことで広く知られることとなりました。当時、マスコミはこの事件を猟奇的な犯罪として報じ、「愛人に硫酸をかけ無理心中を図った」といった見出しが躍りました。事件は「第二のお定事件」とも呼ばれるなど、当時の社会に大きな衝撃を与えました。

事件の背景

事件の発端は、1950年に遡ります。その年、大阪府南河内郡道明寺町で、被差別部落出身の女性Mが、大阪相愛女専（現在の相愛大学）を卒業後、柏原中学に赴任しました。そこで出会ったのは、部落外出身の理科教諭Fでした。二人は恋愛関係に発展し、1951年の春には結婚を約束するまでに至りました。

しかし、Mが部落出身であることを告げると、Fは意外にも「愛情に国境はない」と力強く返答しました。そして二人は肉体関係を持つことになりました。その結果、Mは妊娠しますが、Fはまだ経済的に不安定であることを理由に、Mは人工流産を余儀なくされました。

恋愛の破局

1953年4月、Fは田原本中学に転勤し、二人の関係は続きましたが、次第にFの父親に知られることとなります。そして、Fは父親の意向に従って、同年10月に耳成小学校の教諭と結婚しました。驚くことに、Fはこの結婚をMに告げることなく、さらに密かに肉体関係を持ち続けたのです。

再び妊娠したMは、1954年3月6日にFの家を訪れ、そこでFの結婚を初めて知ります。Mは深い絶望に陥り、濃硫酸入りの小瓶を持参してFに話し合いを提案しました。最悪の場合には、自らの命を絶つ覚悟もできていたといいます。

硫酸の投擲

1954年3月7日午後8時過ぎ、二人の間での話し合いは始まりましたが、Fの態度は冷淡でした。このやり取りの後、午後8時50分頃、奈良県磯城郡耳成村（現・橿原市）でMはFに濃硫酸を浴びせました。事件はあっという間に周囲に知れ渡り、社会的な反響を呼び起こしました。

社会的反響とその後

奈良県議会でもこの事件を重視され、部落出身の西口紋太郎県議が緊急動議を提出しました。これにより、事件の背景を調査することとなり、部落民たちは奈良県と大阪府の合同で「硫酸事件共闘委員会」を結成し、県に請願書を提出しました。

最終的にMは不起訴処分となり、さらに部落解放団体の抗議活動によって、彼女は復職を果たします。この事件を通じて、被差別部落についての社会的な理解や偏見の問題が浮き彫りとなり、その後の運動に影響を与える要因となりました。奈良硫酸事件は、恋愛と社会的背景が交錯する複雑な事件であり、今なお多くの人々に語り継がれています。

もう一度検索