契約理論

契約理論とは

契約理論は、経済活動における契約に着目し、その締結や履行を分析するミクロ経済学の理論です。契約は、財やサービスの取引に関する当事者間の合意事項であり、その内容は、当事者間の情報格差、契約の履行を監視する機構の不完全さ、情報処理能力の限界などの要因によって影響を受けます。

契約理論が扱う問題

契約理論は、経済学的観点と法的観点の両方から契約を捉えます。

経済学的観点:

経済学では、契約理論は、情報の非対称性が存在する状況下で、経済主体がどのように契約を構築し、どのような影響を受けるかを研究します。情報の非対称性とは、契約当事者間で持つ情報に差がある状態を指し、これによって逆選択やモラルハザードといった問題が生じます。契約理論は、これらの問題に対して、経済主体に正のインセンティブを与える契約の設計を追求します。

法的観点:

法律では、契約は資源の流れを定める制度的な取り決めとみなされます。契約は、当事者間の関係を定義し、権利と義務を制限しますが、情報処理能力の限界や制度の不完全性から、情報が不完全になることがあります。このため、将来の不確実な事態への対応を契約にすべて盛り込むことができず、不完備契約という問題が生じます。この不完備性から、当事者が後になって機会主義的な行動を取る可能性があり、投資の抑制につながるという問題も発生します。契約理論は、このような状況下での関係的契約についても研究しています。

理論の起源、発展、応用

契約理論の起源は、1937年にロナルド・H・コースが発表した論文「企業の本質」に遡ります。コースは、契約が不完全な場合、企業が市場を代替する可能性を指摘しました。その後、契約理論は完備契約理論と不完備契約理論の2つの方向に発展しました。

完備契約理論

完備契約理論では、企業と市場はどちらも契約であり、本質的な違いはないとされます。この理論では、プリンシパル（委託者）とエージェント（受託者）は、将来のすべてのシナリオを予測し、最適なリスク分担と収益移転メカニズムを構築できると仮定します。この理論は、プリンシパル＝エージェント理論と同義です。

アルキアンとデムゼッツは、企業の本質はチーム生産であり、モラルハザードが問題であると主張しました。ジェンセンとメックリングは、企業を契約関係の集合体として捉えました。マーリーズとホルムストロームらは、ゲーム理論を用いてモラルハザードモデルを開発しました。ファマらは、静的な契約理論を動的な契約理論に拡張しました。ブルソーとグラチャンは、契約理論にインセンティブ理論、不完全契約理論、新しい制度的取引費用理論を含むべきだと主張しました。

契約理論の応用

契約理論は、経営者報酬の最適設計など、多くの分野で応用されています。2016年には、オリバー・ハートとベント・ホルムストロームが、契約理論の業績によりノーベル経済学賞を受賞しました。

エージェンシー問題の主なモデル

契約理論では、情報の非対称性によって生じるエージェンシー問題に対処するためのモデルが重要になります。その中でも代表的なものが、モラルハザード、逆選択、シグナリングです。

モラルハザード

モラルハザードとは、エージェントの行動がプリンシパルに観察されない場合に生じる問題です。例えば、従業員がどの程度働いているかを雇用主が把握できない場合、従業員が怠ける可能性があります。モラルハザードモデルでは、観察可能な成果に連動した報酬契約を結ぶことで、エージェントにインセンティブを与えますが、エージェントがリスク回避的な場合、完全な保険は不可能となり、次善の策となります。

逆選択

逆選択とは、契約締結前にエージェントが持つ情報がプリンシパルに知られていない場合に生じる問題です。例えば、健康保険の場合、病気になりやすい人が加入しやすく、保険料の設定が難しくなります。逆選択モデルでは、エージェントのタイプに合わせて設計された複数の契約メニューを提供し、エージェントが自己選択するように促します。

シグナリング

シグナリングとは、情報を持つ当事者が、情報を持たない当事者に自分の情報を伝える行動を指します。例えば、求職者が自分のスキルを証明するために資格を取得する行動は、雇用主にシグナルを送る行為です。受信側は、シグナル発信者の信頼性を評価する必要があります。

不完備契約

不完備契約理論は、当事者が将来のすべての事態を予測して契約に盛り込むことができないという現実を考慮した理論です。不完備契約では、契約に書かれていない事柄に対する権利を誰が持つかが重要になります。

期待効用理論

契約理論の多くは、期待効用理論に基づいています。期待効用理論は、個人が意思決定に伴うリスクと利益を考慮して選択を行うことを示しています。

契約理論の例

契約理論は、中古車市場における逆選択（ジョージ・アカロフ）、雇用市場におけるシグナリング（マイケル・スペンス）、株式公開におけるシグナリング（リーランドとパイル）など、様々な経済現象の説明に応用されています。

インセンティブ・デザイン

契約理論は、従業員のインセンティブを高めるための報酬設計にも利用されます。報酬は、サービスレベル、結果、業績、目標に応じて設定されます。報酬の形式には、絶対的業績連動報酬と相対的業績連動報酬があります。

絶対的業績連動報酬:
従業員の業績に比例して報酬が支払われる。

相対的業績連動報酬:
従業員間で業績を比較し、高い業績を上げた従業員に高い報酬が支払われる。

情報の引き出し

プリンシパル・エージェント問題の一種として、エージェントがプリンシパルのアイテムの価値を評価し、プリンシパルがエージェントに真の価値を報告させるためのインセンティブを与える問題があります。

「契約理論」という言葉について

「契約理論」という言葉は、逆選択、モラルハザード、メカニズム・デザイン、不完備契約などの様々なモデルを包括する総称として使われます。これらのモデルは、それぞれ異なる特徴を持っていますが、契約という共通のテーマで結びついています。

契約理論は、情報の経済学、企業理論、インセンティブ理論、Theoretical I.O. などとも呼ばれます。

まとめ

契約理論は、契約の締結と履行における様々な問題を分析し、効率的な契約設計や組織設計に役立つ理論です。情報の非対称性、モラルハザード、逆選択、不完備契約といった概念は、経済活動を理解する上で不可欠です。契約理論は、経済学だけでなく、法学、経営学、政治学など、幅広い分野で応用されています。

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