契約締結上の過失

契約締結上の過失とは

契約締結上の過失（culpa in contrahendo）とは、契約が成立するまでの段階において、当事者の一方に帰責事由が存在し、そのために相手方が不測の損害を被った場合に、責めを負うべき当事者が相手方に対して損害賠償責任を負うという法的な概念です。

法的根拠

日本の法体系においては、契約締結上の過失責任は、明文の規定があるわけではありません。しかし、一般的には民法の信義誠実の原則（信義則）を根拠とする学説が有力です。これは、契約の準備段階であっても、当事者間には信義則に基づいた一定の信頼関係が形成されており、その信頼を裏切る行為は許されないという考え方に基づいています。

具体的には、契約締結に向けて交渉を進める中で、相手方が契約を締結すると期待させるような言動があったにもかかわらず、合理的な理由なく一方的に交渉を打ち切ったり、必要な情報を提供しなかったりする行為が、信義則上の注意義務違反とみなされることがあります。

適用される場面

契約締結上の過失が問題となるのは、以下のようなケースが考えられます。

原始的不能: 契約締結の時点で、すでに契約内容の全部または一部が客観的に実現不可能であった場合。ただし、裁判例で原始的不能が認められるケースは多くありません。
契約不成立: 契約成立に向けて準備を進めていたにもかかわらず、最終的に契約が締結されなかった場合。例えば、必要な条件が満たされなかったり、交渉が決裂したりした場合です。
契約解除: 一旦成立した契約が、目的達成に必要な条件が成就しなかった等の理由により、最終的に解除せざるを得なくなった場合。

損害賠償の範囲

契約締結上の過失が認められた場合、賠償される損害の範囲は、一般的に信頼利益に限られます。信頼利益とは、契約が有効に成立すると信じたことによって被った損害を指します。例えば、契約準備のために支出した費用などがこれに当たります。

具体的な事例

過去の裁判例では、以下のようなケースで契約締結上の過失が認められています。

農地売買契約の事例: 農地法の許可が得られないために農地の売買契約が解除されたケースにおいて、許可の成否について調査を怠った買主が、売主が履行の準備に要した費用を賠償する義務を負うと判断されました（福岡高判昭和47．1．17）。
* マンション売買契約の事例: マンションの売却予定者が、買受希望者の要望に応じて設計変更や施工を行ったにもかかわらず、買受希望者が資金繰りを理由に購入を取りやめたケースにおいて、買受希望者が契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由に損害賠償義務を負うと判断されました（最三判昭和59.9.18）。

まとめ

契約締結上の過失は、契約交渉の初期段階から当事者間の信頼関係を保護し、不誠実な行為によって相手方が損害を被ることを防ぐための重要な法理です。契約交渉においては、常に信義誠実の原則を念頭に置き、相手方の信頼を裏切らないよう注意することが求められます。

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