奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン

奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン：虚偽報道事件の真相

1992年、NHKスペシャルで放送されたドキュメンタリー番組『奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン』は、ネパール王国の秘境ムスタン王国の実態を伝える番組として大きな注目を集めました。しかし、放送直後から多数の「やらせ」が発覚し、NHKの信頼を大きく揺るがす事態となりました。

番組概要

この番組は、外国人立ち入りが制限されていたムスタン王国への取材を、ネパール政府の協力を得て実現したものです。全2回シリーズで、第1回は「幻の王城に入る」、第2回は「極限の大地に祈る」というタイトルで放送されました。番組は、厳しい自然の中で生きる人々の姿を世界で初めて伝えたとして、放送当初は高い評価を得ました。

発覚した「やらせ」

しかし、1993年2月3日、朝日新聞が「主要部分 やらせ・虚偽」という見出しで、番組のやらせ行為をスクープしました。報道によると、番組では、雨乞いの儀式を住民に金銭を渡して行わせたり、取材スタッフに高山病を装わせたりするなど、多数の虚偽演出があったとされています。その他にも、砂嵐を作り出したり、別な馬を撮影してあたかも渇水で死んだように見せかけたり、ヘリコプターで現地入りしたにもかかわらず徒歩で入ったように見せかけるなど、約60ヶ所の虚偽シーンがあったと報道されました。

NHKの対応

スクープ報道を受けて、NHKは「内容の一部に事実と異なる点やゆきすぎた表現があった」として謝罪し、訂正放送を行いました。また、緊急調査委員会を設置し、調査結果を報告しました。調査委員会は、事実と異なる点や行き過ぎた表現を指摘し、番組を面白くしたいという気持ちが過剰な演出や事実確認の怠りにつながったと分析しました。

NHKは、責任を取って会長の減給や担当者の解任といった処分を行いました。しかし、NHKの報告書には「やらせ」という言葉は一切使われていませんでした。また、郵政大臣名で厳重注意の行政指導も行われました。

その後の影響

この事件は、NHKの報道姿勢に対する国民の信頼を大きく損なうこととなりました。その後、番組制作に同行していたフォトジャーナリストが「やらせ」取材の舞台裏を証言する書籍を出版するなど、事件の真相がさらに詳しく伝えられました。

また、この番組は東京スポーツ映画大賞で「記録文化映画賞」を受賞しましたが、同時に「高山病を熱演したスタッフ」に「助演男優賞」が贈られるという皮肉な結果となりました。

「やらせ」の詳細

朝日新聞の報道により、以下の様な「やらせ」の詳細が明らかになりました。

雨乞いの儀式: 実際には雨が降っていたにもかかわらず、金銭を渡して住民に雨乞いの儀式をさせていた。
高山病の演技: 取材スタッフが高山病を装って苦しむ様子を演出していた。
砂嵐の演出: 砂嵐が起きていない場所で、人為的に砂を巻き上げて砂嵐を演出していた。
死んだ馬の捏造: 別の馬を撮影し、渇水で死んだ馬に見せかけていた。
入山ルートの偽装: ヘリコプターで現地入りしたにもかかわらず、徒歩で入ったように見せかけていた。
オオカミの子供: 番組に登場したオオカミの子供を動物園に寄贈し、番組の宣伝に利用した。これは希少動物保護のワシントン条約の精神に反する可能性を指摘された。
番組PR: 番組ディレクターが視聴率を上げるために、大量の手紙を小中学校に送っていた。
日産自動車との関係: NHK関連会社が日産自動車から資金提供を受け、番組に日産自動車のステッカーを貼って撮影していた。これは放送法に違反する可能性があった。

まとめ

『奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン』の事件は、ドキュメンタリー番組における倫理問題や制作体制のあり方について、深く考えさせられる事例となりました。この事件を教訓に、公共放送としてのNHKが、信頼回復に向けて取り組む必要性を改めて示しました。

脚注

1993年2月3日付『朝日新聞』朝刊
1993年2月5日付『朝日新聞』朝刊
1994年小松健一『ムスタンの真実―「やらせ」現場からの証言』

外部リンク

NHKスペシャル 奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン第1回 幻の王城に入る
* NHKスペシャル 奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン第2回 極限の大地に祈る

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