女学者

女学者（Les Femmes Savantes）

モリエールによって書かれ、1672年に発表・初演された五幕の韻文喜劇『女学者』は、作者の代表作の一つとして高く評価されています。特に古典演劇の規律である「三一致の法則」（場所、時間、筋の統一）を見事に守り、その構成や言葉遣いの洗練度において、『人間嫌い』と並び称されるモリエールの傑作とされています。

作品の背景

本作が書かれた背景には、モリエールが1666年に心血を注いで完成させた『人間嫌い』が、宮廷では好評を得たものの、一般大衆には受け入れられず興行的に苦戦した経験があります。この出来事以降、彼はより多くの観客に楽しんでもらえるよう、作風を多様化させ、宮廷向けの華やかな舞踊劇や市民向けの笑劇なども手掛けるようになります。本作もまた、そうした幅広い層へのアピールを意識した作品の流れの中で生まれました。

また、『女学者』は、1659年の初期作品『才女気取り』と深い関連があります。『才女気取り』では、当時の文学サロンなどで流行していた洗練された文化（プレッシューズ）を猿真似する地方の娘たちが風刺されました。それから13年後の本作執筆時には、文学や哲学に加え、科学アカデミー設立の影響で物理学や天文学といった最新科学がサロンで盛んに議論されるようになり、学問に関心を持つ女性たちが増加していました。本作の「女学者」たちは、こうした時代の流れを受けて、『才女気取り』に登場した「プレッシューズ」が進化した姿として描かれているのです。

主要な登場人物

物語は、裕福な町人クリザールの一家を中心に展開します。

クリザール: 妻のフィラマントに頭が上がらない、心優しいが気弱な家長。
フィラマント: 学問に傾倒し、家庭の一切を取り仕切る「女学者」。
アルマンド: フィラマントの娘で、母と同様に学問を重んじ、結婚を否定する。
アンリエット: クリザールとフィラマントの娘で、アルマンドの妹。常識的で、結婚して家庭を持つことを望んでいる。
ベリーズ: クリザールの妹。フィラマントの影響を受け、学問にうつつを抜かす妄想癖のある女性。
クリタンドル: アンリエットの恋人。学識をひけらかす人々を嫌悪している。
トリソッタン: 才能ある人物としてフィラマントらに尊敬されるが、中身が伴わない。
ヴァディウス: トリソッタンと同様、自らを学者と称する。

あらすじの概要

物語はパリ、クリザールの家を舞台に繰り広げられます。結婚を望む妹アンリエットに対し、学問こそ女性が進むべき道だと説く姉アルマンドの対話で幕が開きます。アンリエットは恋人クリタンドルとの結婚を願いますが、家事を顧みず学問に没頭する母フィラマントは、自らが評価する「才人」トリソッタンと娘を結婚させようとします。

父親のクリザールはアンリエットとクリタンドルの味方ですが、妻フィラマントの権威に逆らえず、なかなか事態は進展しません。フィラマントとその取り巻きであるアルマンド、ベリーズ、トリソッタン、ヴァディウスらは、詩や哲学、科学といった学問的な話題に終始し、その言動は時に滑稽なまでに誇張されて描かれます。特に、トリソッタンとヴァディウスが自作の詩や学識を巡って激しい口論となる場面は、彼らの衒学趣味を痛烈に風刺しています。

結婚を巡る対立が深まる中、フィラマントは強引にトリソッタンとの結婚を決定し、公証人を呼び寄せます。しかし、ここでクリザールの弟アリストが一計を案じ、フィラマントとクリザールそれぞれに財産を失ったと知らせる偽の手紙を送ります。この知らせを聞いた途端、財産目当てだったトリソッタンは態度を急変させて結婚を辞退。偽りが明らかになった後、アンリエットとクリタンドルの結婚が認められ、一家に平穏が戻り、大団円を迎えます。

作品が描くもの

本作は、当時の社会で流行していたサロン文化における、見せかけの学識や虚栄心を痛烈に批判しています。モリエールが風刺しているのは、女性が学問を修めること自体ではなく、それが家庭の責任を放棄し、人間関係を損なうほど度を越したものであったり、あるいは単なる権威付けや自己満足に陥っているような態度です。作中、堅実で愛情豊かなアンリエットが最も魅力的な女性として描かれている点には、女性に必要なのは専門的な知識よりも、家庭を支え、人間関係を円滑に進める知恵や機知であるという、当時の一般的な価値観やモリエール自身の考えが反映されていると見られます。

また、本作に登場するトリソッタンやヴァディウスには、当時の実在の人物であるアベ・コタンやメナージュがモデルとされており、彼らの話し方や服装まで似せて描かれたと言われています。特に、作中でトリソッタンが披露する詩が実際にアベ・コタンの手によるものであるなど、特定の個人に対する直接的な攻撃が含まれている点は、モリエールの作品としては珍しい特徴です。

『女学者』は、登場人物たちの誇張された言動を通じて笑いを誘う一方で、学問や教養の真の意味、家庭における夫婦や親子の関係性など、普遍的なテーマを内包しており、今日でも世界各地で上演され続けています。

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