守銭奴の死

ヒエロニムス・ボス『守銭奴の死』

ヒエロニムス・ボスは、15世紀末のネーデルラントで活躍した画家で、その独特な世界観と寓意に富んだ作品で知られています。『守銭奴の死』は、彼の代表作の一つであり、1485年から1490年頃に制作された油彩画です。もともとは三連祭壇画の一部を構成しており、現在はワシントンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

この作品は、臨終を迎えた男が天国と地獄の選択を迫られる瞬間を描いています。物語の中心となるのは、カマボコ型の天井の狭い寝室でベッドに横たわる裸の男です。彼の死が迫る中、骸骨の姿をした死神が戸口から侵入し、男に死の矢を向けようとしています。傍らには天使がおり、男に十字架像を示すことで救いを促しますが、男は悪魔が差し出す金袋に手を伸ばそうとしています。この瞬間、男は天国か地獄かという究極の選択を迫られています。

三連祭壇画としての構成

『守銭奴の死』は、もともと『愚者の船』、『大食と快楽の寓意』、『放浪者』とともに三連祭壇画を構成していました。これらの作品は、同じ木材に描かれていることが確認されており、画家の筆遣いの特徴も一致しています。左翼パネルには『愚者の船』と『大食と快楽の寓意』が、右翼パネルには『守銭奴の死』が配置され、放蕩と吝嗇という人間の両極端な姿を描写していました。中央パネルには『カナの婚宴』があったと推測されますが、現在は複製のみが現存しています。

作品の詳細

画面上部では、ベッドの天蓋にいるもう一人の悪魔が、地獄の火を灯したランタンで男を誘惑しています。これは、神の光と対比的に描かれており、善と悪の対立を際立たせています。ベッドの足元には長持ちがあり、そこでは別の悪魔が金袋を持ち、杖をついた老人が金を入れています。この老人は、画面中央で臨終を迎える男の過去の姿であり、蓄財への執着を表しています。

画面手前の胸壁には高価な布地や剣、甲冑が置かれており、これらはかつての男の傲慢さを表しています。しかし、死を前にして、これらの物質的な価値はすべて無意味なものになります。

精神修養書からの影響

この作品は、15世紀に人気があった精神修養書『臨終の心得』から大きな影響を受けています。この書は、死の床で悪魔がいかに誘惑を仕掛け、天使がどのように死にゆく者を慰め、勇気づけるかを詳細に描写しています。通常、『臨終の心得』では天使が勝利し、霊魂は天国に迎えられますが、ボスの『守銭奴の死』では、結末は曖昧であり、人間の選択が重要な意味を持つことを示唆しています。

ボスの署名

画面手前にある胸壁の左側には、羽根のついた人物がもたれかかっています。この人物はボスの作品にしばしば登場しており、ボスの署名ではないかと考えられています。それは、もしかしたらボスの自画像かもしれません。

『守銭奴の死』は、ヒエロニムス・ボスの独特な視点を通して、人間の欲望、死、そして魂の救済という普遍的なテーマを描いた傑作です。この作品は、観る者に深く考えさせる力を持ち、時代を超えて多くの人々を魅了し続けています。

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