大食と快楽の寓意

ヒエロニムス・ボス『大食と快楽の寓意』

『大食と快楽の寓意』（蘭: Allegorie op de gulzigheid、英: Allegory of Gluttony and Lust）は、15世紀末から16世紀初頭にかけて活躍した初期ネーデルラント絵画の巨匠ヒエロニムス・ボスによって、1490年から1500年頃に制作された油彩画です。この作品は、元々は三連祭壇画の一部であり、左翼パネルの下部3分の1を構成していました。上部3分の2は『愚者の船』として知られる作品で、現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。本作は、アメリカのニューヘヴンにあるエール大学付属美術館に所蔵されています。

三連祭壇画の構成

本作は、他の作品と合わせて三連祭壇画を構成していたことがわかっています。具体的には、『愚者の船』（ルーヴル美術館）、『守銭奴の死』（ワシントン・ナショナル・ギャラリー）、そして『放浪者』（ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館）が、同じ木から切り出された板に描かれていることが判明しています。また、これらの作品には、左上から右下へ引かれた平行なハッチング線が共通しており、これらは左利きの画家ボスによるものと考えられています。

三連祭壇画の構成は、左翼パネルが『愚者の船』と『大食と快楽の寓意』に分断されているのに対し、右翼パネルの『守銭奴の死』はほぼ原形を留めているという特徴があります。この配置は、放蕩と吝嗇という対照的なテーマを表現していたと考えられています。中央パネルに位置していたと考えられる『カナの婚宴』は現存せず、複製のみがボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に所蔵されています。

作品の主題と描写

本作の主題は、『愚者の船』と同様に、大食と好色に対する風刺です。画面中央には、水面に浮かぶ酒樽に跨り、木の枝を持ち、ラッパを吹く肥満した男が描かれており、これは大食を象徴的に表現しています。この酒樽に乗る男のモチーフは、ピーテル・ブリューゲルの『謝肉祭と四旬節の喧嘩』にも見られます。さらに、ミートパイを頭に乗せて泳ぐ男は、その欲求を断ち切ることができない様子を表しています。

一方、好色を象徴するモチーフは、テントの中で酒を酌み交わす男女です。古代ローマの劇作家テレンティウスの「豊穣の神バッコスと農耕の女神ケレスが立ち去ると、愛の神ウェヌスは凍えてしまう」という警句が引用され、中世の説教では「大食と飲酒は淫欲をかきたてる」と説かれていました。この男女の姿は、ボスの別の作品『七つの大罪と四終』の好色の場面にも共通して見られます。

作品の解釈と影響

『大食と快楽の寓意』は、ボスの独特な世界観と、人間の欲望に対する深い洞察が表れた作品です。大食と好色という人間の根源的な欲望を、滑稽でグロテスクなイメージで表現することで、観る者に強烈な印象を与えます。ボスの作品は、後世の芸術家にも大きな影響を与え、特にシュルレアリスムの画家たちにインスピレーションを与えました。

関連作品

『愚者の船』 (ルーヴル美術館)
『守銭奴の死』 (ワシントン・ナショナル・ギャラリー)
『放浪者』(ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館、ロッテルダム)
『七つの大罪と四終』(プラド美術館)
『謝肉祭と四旬節の喧嘩』(美術史美術館、ウィーン)

参考文献

岡部紘三『図説ヒエロニムス・ボス 世紀末の奇想の画家』河出書房新社、2014年
小池寿子『謎解きヒエロニムス・ボス』新潮社、2015年
ヴァルター・ボージング『ヒエロニムス・ボス 天国と地獄の間で 1450-1516年頃』TASCHEN、2007年
日本放送出版協会『NHKルーブル美術館』 VI ルネサンスの波動、1985年
エリック・レッシング 写真、ヴァンサン・ポマレッド 監修・解説『ルーヴル美術館収蔵絵画のすべて』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年

外部リンク

ヒエロニムス・ボス『大食と快楽の寓意』 - エール大学付属美術館
ヒエロニムス・ボス『愚者の船』 - ルーヴル美術館

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