定向進化説

定向進化説とは

定向進化説は、生物の進化において、ある一定の方向に進化が進む傾向を認め、それを進化の原因とみなす説です。これは系統発生説とも呼ばれます。具体的には、生物が進化する際、一度特定の方向へ変化し始めると、その方向への進化が継続するように見える現象を指します。

定向進化の例

例えば、ウマの進化は定向進化の典型例として挙げられます。ウマは、背丈が数十センチメートルで足の指が4本あった祖先から、現在の大型で足指が1本になった姿へと進化しました。この進化の過程では、いくつかの中間的な姿の種を経ています。このことから、ウマの進化には一定の方向性があり、その方向に沿って進化が続いたと考えられます。

また、マンモスの長く湾曲した牙や、オオツノシカの巨大な角も定向進化の例として挙げられることがあります。これらの構造は、明らかに実用的とは言えません。これらの構造は、その祖先においては生活上有効に働いていたと考えられますが、なぜここまで巨大化したのか、その必然性は感じにくいです。そこで、定向進化によって、進化の進行にブレーキが効かなかったと説明されることがあります。

定向進化説の提唱

定向進化を生物が持つ内在的な特徴と捉え、生物の進化がそれによって方向づけられると説明する説を定向進化説と言います。この説は、T.アイマー、E.D.コープ、H.F.オズボーンといった古生物学者によって提唱されました。彼らは定向進化を生物の特性と捉えていましたが、その原因の説明は多岐にわたり、現象面の指摘に留まるものから、生物内部の原因を仮定するものまでありました。しかし、一般的にはその理由を生物内部の方向づけに求めることから、ジャン＝バティスト・ラマルクの進化論の流れをくむネオ・ラマルキズムの一種と見なされることが多く、否定的に評価されることが多いです。また、分子遺伝学の理論からも、定向進化説を支持することは困難です。

定向進化に対する議論と批判

定向進化の現象が実際に存在するかどうかについては、議論があります。ウマやゾウの進化に見られるような、一方向への進化傾向は、確かに存在するように見えることもあります（コープの法則）。しかし、詳細に調べると、特定の方向に一方的に進化が進んだわけではなく、多様化の局面も見られます。そのため、一概に定向的に進化してきたとはみなせません。ジョージ・ゲイロード・シンプソンは、定向的に見える化石記録でも詳細に見れば分岐的な様相を示しており、定向進化現象は表面的な解釈に過ぎないと主張しました。

定向進化説に対する批判として、マンモスの牙やオオツノシカの角の巨大化が、彼らの絶滅の原因だと説明されることがあります。しかし、彼らは一時的とは言え、実際に地上に生存していたため、自然選択の観点からは、それらの形質にも適応的な性質があったか、少なくとも自然選択によって排除されない中立的な性質があったはずです。もし生存していた生物が非適応的な形質を持っていたとすれば、自然選択説では説明が難しくなります。そこで、定向進化説がこの現象を説明できる可能性が考えられました。

しかし、この説明には2つの問題点があります。1つは、非適応的な形質の存在が自然選択説でも説明可能であること、もう1つは、定向進化説を用いても説明になっていないことです。進化に方向性を持たせることができるなら、なぜ絶滅を回避できない生物がいるのでしょうか？環境の変化と進化の方向が合っていなかったとするならば、それは自然選択の働きによるものであり、ダーウィニズムによる説明の方がより説得力があります。

ダーウィニズムによる説明では、一見非適応的な形質も、出現した時点では役に立っており、その後の環境変化によって非適応的になったと考えます。また、性淘汰説では、選択が環境ではなく、種内の異性による選好によって起こると考えます。例えば、マンモスの牙は、先祖の小さな牙が樹皮を剥いだり、戦ったりするのに有効であったものが、立派な牙を持つ個体が自然選択で選ばれ、繁殖の際には、異性が立派な牙を持つ個体を好む傾向が生まれます。この配偶者選択の傾向が遺伝的なものとして定着すれば、牙の機能よりも、異性に好まれる牙を持つ個体が選択されるようになります。このような選択を性淘汰と呼びます。大きすぎる牙の出現も、性淘汰によって説明可能です。

この場合、大きすぎる牙は生存には不利に働くものの、配偶者を獲得するためには有利に働きます。両者のバランスが取れるところに、牙の大きさが落ち着くと考えられます。しかし、環境が変化し、性淘汰と生存可能性のバランスが崩れると、その種は絶滅に向かうこともあります。自然選択説は、進化に方向性があるように見える理由も、実際には進化に方向性がない理由も説明できますが、定向進化説は「進化が大局的にはそう見える」という現象を述べているだけで、その原因やメカニズムを説明していません。

まとめ

定向進化説は、進化の方向性を説明する一つの仮説ですが、そのメカニズムや原因については、まだ議論の余地があります。自然選択や性淘汰といった他の進化のメカニズムと合わせて、総合的に理解することが重要です。定向進化説は、進化の複雑さと多様性を理解する上で、重要な視点を提供してくれます。

もう一度検索