実質賃金

実質賃金とは

実質賃金とは、労働者が受け取る賃金が、実際の社会においてどれだけの購買力を持つかを示す指標です。名目賃金（実際に受け取る貨幣額）から物価変動の影響を取り除くことで算出されます。これにより、物価変動による賃金の価値の変化を考慮した、労働者の実質的な購買力を把握することができます。

名目賃金と実質賃金

労働者が実際に受け取る賃金は、貨幣として支払われる名目賃金です。しかし、物価が変動すると、同じ名目賃金でも購買できる物の量が変化します。物価が上昇（インフレーション）すれば、名目賃金の価値は下がり、逆に物価が下落（デフレーション）すれば価値は上がります。

実質賃金は、こうした物価変動の影響を取り除き、労働者の賃金が実質的にどれだけ増減したかを測るための指標です。経済分析では、名目賃金だけでなく実質賃金の変化を追うことが重要です。ただし、一般的には名目賃金の方が「給料が上がった」「下がった」という感覚に近く、社会的な議論では名目賃金が用いられることもあります。

実質賃金の重要性

実質賃金は、一国の経済状況を分析する上で非常に重要な指標です。実質賃金の変化は、労働者の購買力や消費行動に大きな影響を与え、景気動向を左右する要因の一つとなります。また、異なる時期や国同士の労働者の賃金を比較する際にも、実質賃金の数値が用いられます。

ただし、名目賃金の変化だけを見て「給料が上がった」「下がった」と判断するのは、貨幣錯覚と呼ばれる人間の錯覚によるものです。実質賃金が下がっているにもかかわらず散財してしまったり、実質賃金が上がっているにもかかわらず貯蓄に励んでしまったりする消費行動が見られる場合もあります。

日本における実質賃金の扱い

日本では、厚生労働省が毎月「毎月勤労統計調査」を実施し、実質賃金指数を算出しています。この指数は、経済の指標としてだけでなく、雇用保険や労災保険、事故の補償額を算出する際にも用いられています。現在公表されている実質賃金指数は、2000年の数値を100としたものです。

過去の日本の経済状況を見ると、オイルショック、バブル崩壊、消費税率引き上げなどの景気後退期には実質賃金の上昇率がマイナスとなる傾向がありました。一方で、2002年から2007年の景気拡大期においても、実質賃金の上昇率はマイナスだった時期があるなど、景気と実質賃金が必ずしも連動しているとは限りません。

毎月勤労統計調査における注意点

2018年末には「毎月勤労統計の不正調査問題」が発覚し、2004年以降の実質賃金データに不正があったことが明らかになりました。この問題は、厚生労働省自身による不正調査に加え、その結果が政府の経済政策「アベノミクス」の評価にも影響を与える可能性があったため、政治問題化しました。

2004年から2011年までのデータは、不正な方法で集計されたため、正確な実質賃金は不明なままです。2012年以降のデータは補正されましたが、全数調査によるものではありません。さらに、2018年1月には調査方法が変更されたため、以前の調査結果との単純比較はできなくなっています。

調査方法の変更点

2018年1月からの調査方法の変更には、いくつかの重要な点があります。

中規模事業所の調査方法: 3年ごとの全数入れ替えから、1年ごとの1/3入れ替え方式に変更されました。これにより、データ変動が緩和される一方、手続きの煩雑化という課題も残りました。
常用労働者の定義変更: 臨時や日雇い労働者が常用労働者から除外されました。これにより、平均賃金が上昇した可能性があります。
大企業と中小企業のデータ補正: 大企業の比率を増やし、中小企業の比率を減らすデータ補正が行われました。これにより、平均賃金の数値が上振れする可能性がありました。

これらの変更により、2018年1月の調査では、本来ならサンプル入れ替えで下振れするはずの賃金が大きく上振れする結果となりました。政府は2018年の実質賃金を0.2%増と試算していますが、このデータについても議論があります。

まとめ

実質賃金は、労働者の生活水準や経済状況を測る上で不可欠な指標です。しかし、日本の実質賃金データは、過去の不正調査や調査方法の変更により、正確な値の把握が困難な時期があります。これらの点を考慮して、実質賃金データを利用する必要があります。

参考資料

岩田規久男『景気ってなんだろう』筑摩書房（2008年）
実質賃金とは - コトバンク
実質賃金と日本経済 - 日本銀行金融研究所

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