小川捷之

小川 捷之

概説

1938年10月30日に北海道札幌市に生を受けた小川捷之は、日本の臨床心理学界において重要な足跡を残した研究者です。当初は実験心理学を専攻していましたが、後に臨床心理学へと研究の焦点を移し、特にカール・グスタフ・ユングが提唱した分析心理学の研究を深めました。関東地方におけるユング派分析心理学研究の拠点の一つとして知られる山王教育研究所を主宰し、多くの研究者や実践家の育成に尽力しました。

経歴

小川は東京教育大学（現在の筑波大学）教育学部心理学科で学び、1962年に卒業しました。その後、同大学院の修士課程に進み、1964年に修了。学業を終えた後、横浜国立大学教育学部で助教授として教鞭を執り、教育現場における心理学の知見の普及に貢献しました。1978年には、長年の研究成果である「自己意識と自我機能による精神的健康度の診断に関する研究」が評価され、筑波大学より論文博士として教育学博士の学位を授与されました。1990年には上智大学文学部心理学科の教授に就任し、後進の指導に情熱を注ぎました。しかし、教育・研究活動半ばの1996年12月6日、肺炎と肺水腫により惜しまれつつ逝去しました。

研究と業績

小川捷之の研究は、理論的な探求と臨床実践の融合を特徴としていました。実験心理学で培った科学的な視点を臨床心理学に応用し、人間の内面、特に無意識の領域に光を当てました。ユング派分析心理学を基盤としつつ、自己分析、夢分析、性格分析といったテーマで一般向けにも分かりやすい著作を多数発表し、心理学の知識を広く普及させる役割を果たしました。また、専門家向けには、臨床社会心理学、精神分析、カウンセリング、心理療法、イメージといった幅広い分野で共編著を企画・出版し、日本の心理臨床学の発展に貢献しました。特に、心理臨床家の専門性や資格に関する問題提起や論考は、当時の心理職を巡る議論に影響を与えました。

主な著作活動

著書

一般読者に向けて心理学を解説した著作が多く、代表的なものに『自分を読む精神分析』、『夢分析 深層の読みかた』、『性格分析』、『自己分析入門』などがあります。これらの著作は、専門知識がない読者にも自己理解や内面探求のヒントを与えることを目的として書かれており、当時の多くの人々に読まれました。

共編著

幅広いテーマで多くの専門家と共同で書籍を編集・執筆しています。『臨床社会心理学』、『精神分析を学ぶ』、『臨床心理用語事典』といった基礎的な教科書や事典から、『教育現場におけるカウンセリングのすすめ方』、『イメージの臨床心理学』、『夫婦の危機』、『心理臨床士職域ガイド』など、実践的なテーマを扱ったものまで多岐にわたります。これらの書籍は、心理学の研究者や学生、そして実践家にとって貴重なリソースとなりました。

翻訳

分析心理学の第一人者として、重要な原著の翻訳にも力を入れました。特に、C.G.ユングの代表的な著作の一つである『分析心理学』の翻訳は、日本のユング研究に不可欠な業績です。その他にも、『児童発達の理論』、『ヘルメティック・サークル 晩年のユングとヘッセ』、『近親性愛と人間愛』、『夢のアンソロジー』など、ユング派の思想や関連分野の重要な書籍を翻訳し、国内の研究者が海外の知見にアクセスする道を開きました。

主要論文

研究者としても多数の論文を発表しており、そのテーマは多岐にわたります。「心理療法における治療者のタイプと治療技術」、「パーソナリティ検査」、「いわゆる対人恐怖者における“悩み”の構造に関する研究」、「対人恐怖者に認められる対人不安意識に関する研究」といった実証的な研究から、「心理臨床家の資格問題」、「不安と神経症」、「母とは何か」、「ユングから見たパーソナリティ」、「カウンセラーの養成と資格問題」、「心理臨床家とは」、「心理臨床家の identity」、「境界例と臨床心理」、「心理臨床家のプライバシー」、「離婚と自己実現」、「イニシアル・ケース」といった、心理臨床を取り巻く社会的な問題や専門家のあり方に焦点を当てた論考まで、広範な関心を示しています。これらの論文は、心理臨床の実践と理論の両面から、分野の発展に寄与するものでした。

小川捷之は、その教育、研究、執筆、翻訳活動を通して、日本の臨床心理学、特にユング派分析心理学の普及と深化に大きな貢献を果たしました。彼の業績は、現在も多くの研究者や実践家に引き継がれています。

参考文献
* 大泉溥 編 『日本心理学者事典』 クレス出版 (2003)

もう一度検索