小林義武

小林 義武（こばやし よしたけ）

日本の音楽学者、バッハ研究の第一人者

小林義武は、1942年6月10日に北海道室蘭市に生まれ、2013年1月26日にその生涯を終えた日本の音楽学者です。享年70歳。バッハ研究において、特にその筆跡鑑定の分野で世界的な権威と目されました。

経歴と研究活動

東京都立新宿高等学校を経て、東京大学文学部美学美術史学科を1966年に卒業。同年、オーストリア政府奨学生としてウィーン大学へ留学し、音楽学研究の道を本格的に歩み始めました。翌1967年には西ドイツ（当時）のゲッティンゲン大学に移り、1973年に同大学院博士課程を修了し、学術博士号を取得しました。この欧州での学問的探求が、後のバッハ研究における礎を築くことになります。

1974年からはヨハン・ゼバスティアン・バッハ研究所の学術研究員として、第一線での研究に携わりました。帰国後、1991年から同志社女子大学学芸学部教授を務め、後進の育成にも力を注ぎました。さらに1999年からは成城大学文芸学部教授として、亡くなるまで教育・研究活動を続けました。

主要な業績

小林氏の研究は、J.S.バッハの音楽作品の成り立ちや作曲法の解明に大きく貢献しました。中でも特筆されるのは、現在進行形である「新バッハ全集（Neue Bach-Ausgabe）」の研究を主導したことです。この全集は、バッハの全作品を学術的に校訂・集成する試みであり、その日本語訳版（小学館、全15巻）にも深く関与しました。彼の精緻な筆跡鑑定は、楽譜が誰によって、いつ書かれたのか、あるいは改変されたのかを特定する上で極めて重要であり、作品の成立年代や作曲意図を明らかにするための不可欠な手法でした。

受賞歴

長年の研究成果は、数々の栄誉によって称えられました。

1996年には、著書『バッハ 伝承の謎を追う』によって、辻荘一・三浦アンナ記念学術奨励賞を受賞。
2003年には、『バッハとの対話』が芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。

これらの受賞は、氏のバッハ研究が学術界のみならず、広く文化芸術の分野でも高く評価された証と言えます。

著作活動

小林氏は精力的に著作活動を行い、専門的な研究書から一般向けの啓蒙書まで、バッハに関する深い知見を広く共有しました。主な単著には以下があります。

『バッハ復活 19世紀市民社会の音楽運動』（1985年、日本エディタースクール出版部）
『Die Notenschrift Johann Sebastian Bachs: Dokumentation ihrer Entwicklung. (NBA Serie IX, Band 2)』（1989年、Bärenreiter） - 『ヨハン・セバスティアン・バッハの楽譜筆跡』として知られる
『バッハ 伝承の謎を追う』（1995年、春秋社）
『バッハとの対話 バッハ研究の最前線』（2002年、小学館）

また、国内外の研究者との共同研究も多く手掛け、共編著も発表しています。

Katalog der Wasserzeichen in Bachs Originalhandschaften. (Wisso Weißと共編)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 別巻 (鳴海史生と共編、2001年、東京書籍)
Bach Werke Verzeichnis - Kleine Ausgabe. (Alfred Dürrと共編、1998年、Breitkopf & Haertel)
Die Kopisten Johann Sebastian Bachs. Katalog und Dokumentation. Band 1: Textband, Band 2. Abbildungsband (2007年)

家族

妻であるキルステン・バイスヴェンガー氏（1960年10月21日 - 2013年5月15日）もまた著名な音楽学者でした。彼女はテュービンゲン大学とゲッティンゲン大学で音楽学を修め、1990年にバッハの所蔵楽譜に関する研究で哲学博士号を取得しています。ゲッティンゲン・バッハ研究所での研究員経験を経て、獨協大学専任講師、東京大学非常勤講師などを歴任し、2007年からは獨協大学外国語学部ドイツ語学科講座教授を務めました。ドイツ語教育に加え、バッハやバロック音楽、チェロに関する著作や論文を発表しており、小林氏とともに共著も手掛けるなど、学術的な活動を共にしました。

小林義武氏は、バッハ研究、特にその原典資料に基づいた厳密な研究を通じて、世界の音楽学界に大きな足跡を残しました。その功績は、現在も多くの研究者や演奏家にとって不可欠な基盤となっています。

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