小田原三茶人

小田原三茶人と近代茶道の隆盛

「小田原三茶人」とは、明治から昭和にかけて小田原で近代茶道を極めた益田鈍翁（ますだどんのう、益田孝）、野崎幻庵（のざきげんあん、野崎廣太）、松永耳庵（まつながじあん、松永安左エ門）の3名です。彼らは近代日本の経済界を代表する実業家でもあり、茶道を通じて交流し、小田原という土地に独自の茶文化を花開かせました。

近代茶道の誕生と発展

幕末以前、茶道は主に大名や豪商、寺院といった限られた上流階級の文化でした。しかし、明治維新後、それらの庇護を失った茶道は一時的な衰退を経験します。

しかし明治時代後期、資本主義経済の発展とともに台頭してきた実業家たちが、西洋文化に劣らない日本の伝統文化として茶道を再評価するようになりました。茶道具や古美術の蒐集、茶室や庭園の造営が盛んに行われるようになり、茶道は新たな息吹を取り戻していったのです。熱心な実業家の中には、近代的な発想を取り入れ、より自由な茶の湯のあり方を模索する者も現れました。

小田原における近代茶道の展開

「利休以来の大茶人」と称された益田鈍翁が1906年（明治39年）、小田原板橋に別邸「掃雲台」を築いたことが、小田原における近代茶道発展の大きな転機となりました。鈍翁の周囲には多くの実業家、政治家、軍人が集まり、小田原に次々と邸宅や別荘が建てられ、文化的な交流が盛んになります。

1918年（大正7年）、鈍翁の茶友であった野崎幻庵が小田原に「自怡荘（茶室・葉雨庵）」、「安閑草舎」を築いたことで、小田原の近代茶人文化はさらに発展を遂げます。鈍翁と幻庵を中心に、華やかな茶の湯の文化が形成されていきました。しかし、1938年（昭和13年）に鈍翁、1940年（昭和15年）に幻庵が相次いで亡くなり、太平洋戦争の影響も加わり、一時的に小田原の近代茶道文化は停滞期に入ります。

1946年（昭和21年）、鈍翁に師事した松永耳庵が「掃雲台」近くに「松下亭」（後に「老欅荘」）を造営し移住すると、再び近代茶道が息を吹き返します。耳庵は1971年（昭和46年）に亡くなるまで、小田原における茶道の灯を守り続けました。現在、耳庵の居宅は「松永記念館」として公開されています。

「小田原三茶人」の由来

「小田原三茶人」という呼称が初めて用いられたのは、1988年（昭和63年）に小田原市郷土文化館が開催した「近代小田原三茶人展」です。「近代」という言葉を付加したのは、後北条氏の時代にも小田原で茶の湯が盛んだった歴史があり、野崎幻庵を同時代の別の茶人である北条幻庵と区別するためでした。この展覧会は、松永記念館敷地内に幻庵の茶室「葉雨庵」が移設されたことをきっかけに、鈍翁、幻庵、耳庵の3人を顕彰するものでした。

それ以前には、鈍翁、幻庵に加え、室田義文を合わせた「小田原の名物三老」という呼び方がありましたが、広くは知られていませんでした。また、近代茶道の著名人を挙げるときに、鈍翁、耳庵、原三渓の3人を「近代三茶人」とする場合もあります。いずれにしても、「三茶人」という呼称は、茶道における3人の功績を称える意味を持っています。

彼らは経済界の大物でありながら、隠居生活を送る中で、多くの財界人や政界の人々を小田原に招き、社交の場としての茶道の一面も垣間見せています。小田原三茶人は、茶道史、そして近代日本の歴史を語る上で欠かせない存在と言えるでしょう。

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