小説神髄

小説神髄：日本近代文学の礎を築いた小説論

『小説神髄』は、明治時代の文豪、坪内逍遥が著した小説論であり、日本の近代文学史において極めて重要な位置を占める作品です。1885年から1886年にかけて全9冊の分冊雑誌として刊行され、それまでの日本の小説論にはなかった体系的な考察が展開されています。逍遥は、この作品で西洋の小説理論を踏まえつつ、独自の鋭い視点から日本の小説のあり方を提示しました。

西洋文学との出会い、そして独自の小説観

逍遥が西洋文学、特にシェイクスピア作品に触れたことが、『小説神髄』執筆の大きな動機となりました。東京大学在学中、西洋文学の試験で東洋的な道徳観点からの解答が減点された経験が、彼を西洋文学の世界へと導き、近代小説の概念や技法を深く理解する契機となりました。この経験は、逍遥の小説観を大きく変え、客観的な描写や心理的リアリズムを重視する独自の文学理論の構築へと繋がったのです。

小説の定義と理想像

『小説神髄』では、小説を「美術」と定義づけ、道徳や教訓主義からの解放を訴えています。それまでの日本の小説が、戯作や政治的な主張を目的とするものが主流だった中で、逍遥は小説の本質を「人情」に求め、客観的な描写を通して人間の心理を深く掘り下げるべきだと主張しました。これは、近代文学において、文学作品を芸術として捉え、作者の主観的な意見や道徳的な主張を排除する、画期的な考え方でした。

小説の技法と構成

『小説神髄』は上巻と下巻から成り、上巻では小説の定義、歴史、種類、意義について論じられています。下巻では、文体論、脚色法、叙事法など、小説創作における具体的な技法が詳細に解説されています。逍遥は、雅文体、俗文体、そして両者を折衷した文体など、様々な文体の得失を分析し、小説の表現方法について独自の理論を展開しています。また、登場人物の設定や物語の構成、そして叙述の方法など、小説創作における実践的な指導も提供しています。

近代日本文学への影響

『小説神髄』は、単なる小説論にとどまらず、明治時代の作家や読者に大きな影響を与えました。逍遥の主張は、日本の小説の近代化を推進する重要な力となり、自然主義や写実主義といった新たな文学運動の芽生えに繋がったと言えるでしょう。客観的な描写と心理描写を重視する作風は、多くの作家に影響を与え、近代日本の小説表現に大きな変革をもたらしました。

出版までの道のりとその後

『小説神髄』の出版には、幾多の困難がありました。当初は別の出版社との契約が成立していたものの、その出版社の倒産により、出版が延期されたのです。その後、松月堂が出版を引き受け、分冊雑誌という形で刊行されました。上下2巻の予定でしたが、最終的には全9冊に及ぶ大作となり、その影響力は絶大でした。

まとめ

『小説神髄』は、単なる小説論の枠を超え、近代日本の文学史に燦然と輝く金字塔と言えるでしょう。西洋の文学理論を踏まえつつ、日本の伝統や文化を深く理解した逍遥の独自の視点から生まれた『小説神髄』は、近代日本文学の形成に多大な貢献を果たし、今日でもその価値は色褪せていません。小説を志す者、文学に関心を持つ者にとって必読書と言えるでしょう。この作品は、日本の近代文学の出発点、そして方向性を示しただけでなく、文学のあり方自体を根本的に問い直し、再構築する試みだったと言えるでしょう。その影響は、現代の小説表現にも深く刻まれています。

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