戯作

江戸時代の娯楽文学：戯作の世界

近世後期、18世紀後半頃の江戸で隆盛を極めた通俗小説、読み物の総称を「戯作」といいます。軽妙洒脱な作風や大衆的な人気を博した戯作は、近世日本の文化を彩る重要な文学ジャンルでした。本稿では、戯作の種類、代表的な作品、歴史的背景、そして明治時代以降の動向について詳細に解説します。

多様なジャンル：戯作の種類

戯作は、その内容や形式によって様々な種類に分類されます。代表的なものとしては、洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、そして草双紙などがあります。さらに、草双紙は赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻といった細かな分類も存在します。

洒落本: 遊郭や遊里での遊びの様子を描いた作品で、風俗や世相を軽妙な筆致で描いたものが多く見られます。山東京伝の『傾城買四十八手』などが代表例です。
滑稽本: おかしみのある話やユーモラスな描写を特徴とする作品です。式亭三馬の『浮世風呂』、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』などは、現在でも広く知られる傑作です。
談義本: 滑稽さと教訓を兼ね備えた作品で、滑稽本の先駆け的存在と言えるでしょう。
人情本: 主に恋愛を描いた作品で、男女の情愛や人間模様を繊細に描いたものが多く見られます。為永春水の『春色梅児誉美』や『春告鳥』などが代表例です。
読本: 口絵や挿絵も用いられることがありましたが、文章中心の読み物として親しまれました。中国文学の影響も受けつつ、勧善懲悪の思想や娯楽性を兼ね備えた作品が多く見られます。草双紙と比べると文学性の高さで知られ、初期の読本は知識階級の作家によって執筆されたものも多いです。上田秋成の『雨月物語』、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』などが代表的な作品です。
草双紙: 絵に仮名で筋書きが書き込まれた物語で、子供向けの作品から大人向けの洒落や滑稽な内容のものまで幅広く存在しました。表紙の色によって赤本（子供向け）、黒本（忠義や武勇伝）、青本（少年や女性向け）、黄表紙（大人向けで娯楽性が高い）、合巻（複数冊を合本したもの）などに分類されます。

歴史と社会背景：戯作の隆盛と衰退

「戯作」という言葉自体は古くから存在していましたが、江戸時代後期に現在の意味での「戯作」が確立されました。荻生徂徠らの中国文学研究が読本などの創作に影響を与え、平賀源内などが初期の戯作者として活躍しました。18世紀中盤には洒落本や黄表紙が流行しますが、寛政の改革による弾圧を受けます。

しかし、その後も式亭三馬や十返舎一九といった新たな才能が登場し、読本や人情本、合巻などが盛んに刊行されました。天保の改革では人情本が衰退しますが、その一方で合巻の刊行数は増加します。

明治時代に入ると、滑稽な内容の作品は次第に衰退し、プロの作家は減少しました。しかし、新聞連載小説や活版印刷技術の発達により、明治10年頃からは合巻が再び注目を集めるなど、戯作は明治時代にも一定の影響力を持ち続けました。坪内逍遥ら近代文学の担い手たちは、近代文学を確立するために、それまでの戯作を批判する必要性を感じていました。

戯作の遺産：近世文学における位置づけ

戯作は、江戸時代の庶民文化を反映した多様な作品群です。それぞれのジャンルが独自の魅力を放ち、現代の読者にとっても新鮮な驚きと楽しみを与えてくれます。また、戯作は単なる娯楽作品ではなく、当時の社会状況や人々の生活、思想を反映した重要な文学資料でもあります。戯作研究は、近世日本の文学史や文化史を理解する上で欠かせないものです。

参考文献

石塚豊芥子『戯作者選集』（『笠間叢書』96）
岩本活東子『戯作者小伝』『戯作六家撰』（『燕石十種』第2輯）

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