小野紀明

小野紀明（おの のりあき、1949年 - ）は、日本の政治学者であり、京都大学名誉教授です。専門は西洋政治思想史、特に近現代のドイツ政治思想を中心とした研究で知られています。

生涯と学歴

1949年に東京都で生まれ、幼少期を北海道で過ごしました。京都大学法学部に入学し、政治学の泰斗である勝田吉太郎教授に師事して学びを深めます。1973年に同学部を卒業後、京都大学大学院法学研究科に進学。1975年に修士課程を修了しましたが、博士課程は1978年に退学しました。

研究者としての歩み

大学院在学中の1976年、京都大学法学部助手に採用され、研究者としてのキャリアをスタートさせます。1978年からは神戸大学法学部へ移り、助教授に就任。1986年には同大学の教授に昇任しました。神戸大学に在籍していた1987年、京都大学に提出した論文『フランス・ロマン主義の政治思想』により法学博士号（論文博士）を取得しています。

1995年、母校である京都大学に招聘され、大学院法学研究科教授として政治学専攻の政治理論講座を担当することとなりました。京都大学では、法学部で開講していた「政治思想史」の講義が特に有名でした。この講義は学生の受講率が非常に高く、黒板を強く叩いたり、教壇を踏み鳴らしたりといった、視覚と聴覚に強く訴えかける独自のスタイルが特徴でした。扱われる内容も、狭義の政治思想にとどまらず、西洋精神史全般にわたる広範なもので、多くの学生に強い印象を与えました。また、2006年からは京都大学大学院公共政策連携研究部・公共政策教育部長も兼任しました。2015年3月に京都大学を定年退職し、その後、同大学名誉教授の称号を授与されています。

学界活動としては、政治思想学会の代表理事を務めるなど、日本の政治思想研究を牽引する役割も果たしました。

研究内容と業績

専門とする西洋政治思想史の中でも、現在は特に初期マルティン・ハイデッガーの政治思想を主要な研究対象としています。ハイデッガー哲学、特にその存在論的思考が政治理論といかに結びつくのかを探求し、現代社会における政治のあり方や人間の存在を巡る根源的な問いを立てています。

その研究成果は多数の著書として発表されています。

主な単著:

『フランス・ロマン主義の政治思想』
『精神史としての政治思想史：近代的政治思想成立の認識論的基礎』
『現象学と政治：20世紀ドイツ精神史研究』
『20世紀の政治思想』
『美と政治：ロマン主義からポストモダニズムへ』
『政治哲学の起源：ハイデガー研究の視角から』
『ハイデガーの政治哲学』
『西洋政治思想史講義 精神史的考察』

これらの単著のほか、共著や翻訳書も手掛けています。特に、リチャード・ウォーリンによる『存在の政治：マルティン・ハイデッガーの政治思想』の翻訳は、ハイデッガーの政治思想研究における重要な業績の一つとされています。

人物・エピソード

講義中には、抽象的な概念である「存在物概念」を学生に理解させるため、「これは机であり、かつ、机ではない」といった逆説的な表現をしばしば用いました。これは、存在の複雑性や多義性を端的に示すための彼の教育手法の一つでした。

2008年秋に脳出血で倒れ、右腕に不自由が残るという困難を抱えましたが、その後も教鞭を取り続けました。講義での板書は、後遺症の残った右腕の代わりに左手で行い、その研究者・教育者としての情熱を示しました。

小野紀明氏は、厳密な思想史研究に基づきながらも、独自の視点と情熱的な語り口で、多くの学生や研究者に影響を与えた政治学者です。

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