尾藤公

生涯と功績

尾藤公（びとうただし）氏は、1942年 10月23日に和歌山県有田市で生まれ、2011年3月6日に永眠した、日本の著名な高校野球指導者であり、解説者としても活躍しました。特に和歌山県立箕島高等学校の野球部部長および監督としてその手腕を発揮し、同校を全国屈指の強豪へと育て上げました。彼の長男である尾藤強氏もまた、箕島高校のOBであり、後に同校野球部の監督を務めています。

球歴と社会人経験

高校時代、母校である箕島高校では4番捕手として活躍し、「トンちゃん」の愛称で親しまれました。阪神タイガースに入団することになる左腕投手、山本康夫氏とバッテリーを組みましたが、残念ながら自身は甲子園の土を踏むことはありませんでした。近畿大学に進学しましたが、腰の故障により中退を余儀なくされます。その後、大叔父が経営する和歌山相互銀行（現在の紀陽銀行）に勤務し、社会人としての経験を積みました。

箕島高校監督として（第一次）

1965年に箕島高校野球部の部長に就任し、翌1966年には監督に昇格しました。監督就任3年目の1968年には、後にプロ野球で活躍する東尾修投手を擁し、チームを初の選抜高等学校野球大会（センバツ）出場に導きました。さらに2年後の1970年には、島本講平投手を擁してセンバツで悲願の全国優勝を果たします。しかし、この頃は選手に対して厳しいスパルタ指導を行っており、成績が伸び悩んだ1972年5月に行われた信任投票で不信任票が投じられたことを受け、一度監督の座を降ります。

指導法の変化と「尾藤スマイル」

監督退任後、尾藤氏はボウリング場に勤務しました。そこで接客業を通して「我慢」や「辛抱」といった人としてのあり方を学び、指導者として大きく成長する糧を得ます。1974年9月、箕島高校野球部の監督に復帰すると、選手からの助言もあり、練習の厳しさは維持しつつも、試合中には常に笑顔で選手と接するようになりました。この温かい微笑みは「尾藤スマイル」として広く高校野球ファンに知られるようになり、その選手をのびのびとさせる指導法は、阪口慶三氏や上甲正典氏といった他校の指導者にも大きな影響を与えました。

栄光の春夏連覇と「箕島の激闘」

第二次監督時代において、尾藤氏の采配は箕島高校に輝かしい栄光をもたらしました。特に記憶に残るのは、1979年の第51回選抜高等学校野球大会と第61回全国高等学校野球選手権大会における春夏連覇です。石井毅投手と嶋田宗彦捕手のバッテリーを中心に、チームは見事に両大会を制覇。これは、甲子園史上3校目となる偉業であり、公立高校としては現在に至るまで唯一の達成です。

この1979年夏の選手権大会では、3回戦で石川県代表の星稜高校と対戦し、高校野球史に残る壮絶な一戦を繰り広げました。延長18回に及ぶこの激闘は、「箕島の激闘」として今なお多くの野球ファンの間で語り継がれています。尾藤氏はこの試合で、選手を信じ、粘り強く戦い抜く姿勢を示し、「勝負師」としての顔を強く印象付けました。

監督後期と勇退

監督後期の1986年には、長男である強氏がエースとしてチームを牽引しましたが、夏の和歌山県大会決勝で惜しくも敗れ、甲子園出場は叶いませんでした。そして1995年 8月4日、第77回全国高等学校野球選手権大会の直前に、尾藤氏は監督からの勇退を表明しました。理由として挙げたのは、持病である腰痛の悪化により、イメージ通りのノックができなくなったことでした。

監督として甲子園には春8回、夏6回の合計14回出場し、そのうち春のセンバツで3回、夏の選手権で1回の優勝を果たしています。甲子園大会での通算勝利数は35勝で、これは当時歴代9位の記録でした。延長戦での劇的なサヨナラ勝ちが多く、その粘り強さと勝負強さから再び「勝負師」と呼ばれました。彼の座右の銘は「一期一会一球」でした。

勇退後の活動

監督勇退後も、尾藤氏は高校野球への情熱を失いませんでした。1996年にはAAA野球選手権大会の日本代表監督を務め、1997年からは日本高等学校野球連盟の委員としても活動しました。全国各地での講演活動を通じて、後進の指導者や球児たちの育成に力を注ぎました。

また、民放テレビやラジオで高校野球の実況解説者を務め、温厚な語り口と「そうですねえ」という口癖が特徴的でした。特に2006年の第88回選手権大会決勝、駒大苫小牧対早稲田実業の引き分け再試合では、ABCラジオの解説を両試合担当しました。この時のABCテレビの解説は、27年前の激闘で戦った星稜高校の元監督、山下智茂氏でした。2008年の第90回大会決勝では、ついに山下氏とのダブル解説がABCテレビで実現し、話題となりました。

2008年度には、長年の高校野球指導における功績が称えられ、日本高校野球連盟より育成功労賞を受賞。甲子園球場で行われた表彰式には、かつての箕島高校のユニフォーム姿で出席しました。2010年には甲子園歴史館の顧問に就任するなど、晩年まで高校野球に貢献し続けました。同年9月23日に行われた、31年前の箕島対星稜戦のOBによる再戦イベントにも、病身ながら車いすで駆けつけ、甲子園にその姿を見せました。

2011年1月23日には、教え子である東尾修氏の野球殿堂入り記念パーティーが開催されましたが、病状のため出席は叶いませんでした。しかし、録音テープで「故郷の仲間やお世話になった方々を忘れずにご恩返しも兼ねて頑張ってくれ」というメッセージを寄せ、これが公の場での最後の肉声となりました。

死去とその後

2011年3月6日、膀胱がんのため68歳で逝去しました。戒名は顕球院観空公道居士。墓所は和歌山県有田郡湯浅町の竹林寺にあります。

逝去から1年後の2012年 3月6日には、郷里である和歌山県有田市の名誉市民に選ばれ、その功績が改めて称えられました。

2013年 3月1日には、長男でコーチを務めていた尾藤強氏が箕島高校野球部の監督に昇格。強氏もまた、現役時代には父である公氏の指導を受けています。同年夏、強氏率いる箕島高校は第95回全国高等学校野球選手権記念大会和歌山大会で優勝を果たし、父が勇退した1995年以来、29年ぶりの甲子園出場を決めました。

エピソード

尾藤氏は、監督復帰後に当時としては非常に珍しかった試合中の水分補給を積極的に導入しました。投手が疲労で完投できないことに悩んでいた際、知り合いの医師からハチミツとレモン汁を混ぜた飲み物（現在のスポーツドリンクに近いもの）を飲ませるよう助言を受け、試したところ効果が見られたのが始まりです。これにより投手が完投できるようになり、他の選手にも導入。さらに試合の合間にバナナやチョコレートを食べさせるなど、当時の常識を覆す選手のコンディショニング管理を行いました。後に全国でスポーツドリンクを販売する大手企業の研究員が、尾藤氏や医師を訪ね、そのノウハウを学んでいったという話も伝わっています。

また、1978年には、入部時は長距離打者として期待されながら控えに甘んじていた綛田清隆選手に、相撲部への転部を勧めるという異色のエピソードもあります。綛田氏は後に明治大学を経て大相撲に入り、栃乃和歌の四股名で関脇まで昇進。引退後は年寄・春日野として、大関・栃ノ心関らを育て上げる名親方となりました。尾藤氏の選手の適性を見抜く洞察力が垣間見える出来事です。

長年、ABC朝日放送で高校野球実況を務め、1998年に勇退したアナウンサー、植草貞夫氏が最後に担当した実況試合（第80回記念大会3回戦、智弁和歌山対豊田大谷戦）では、尾藤氏がゲスト解説を務め、世代を超えた交流を見せました。

語録

尾藤氏の残した言葉には、指導者としての哲学や人生観が表れています。

- 「監督として一番いけないのは、変な先入観を持つことなんですよ。」
- 「目の前でゴロは捕れ、バントもバッティングも打ちに行ってはいけない、目の前でボールを捉えろ。」
- 「おまえのエラーは覚悟しとる。三つぐらい織り込み済みや。」
- 「自分は何度か死んだようなもの。でも命の延長戦に終わりはない。人生をあきらめてはいけない。だから最後まで楽しみたい。」
- 「野球というのは人生の縮図、社会の縮図ですよ。」

甲子園での監督成績

- 春：出場8回・22勝5敗・優勝3回（1970年、1977年、1979年）
- 夏：出場6回・13勝5敗・優勝1回（1979年）
- 通算：出場14回・35勝10敗（勝利数は当時歴代9位）・優勝4回

主な教え子（プロ野球経験者等）

- 東尾修（西鉄・西武）
- 島本講平（南海）
- 森下敏秀（巨人入団拒否）
- 上川誠二（中日）
- 石井雅博（巨人）
- 上野敬三（巨人）
- 石井毅（西武）
- 嶋田宗彦（阪神）
- 住吉義則（日本ハム）
- 畑山俊二（近鉄）
- 山下徳人（ロッテ）
- 吉井理人（近鉄）
- 嶋田章弘（阪神）
- 原井和也（西武）
- 林孝哉（ダイエー）
- 高野忍（巨人）
- 高山智行（阪神）

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