山の郵便配達

山の郵便配達

『山の郵便配達』（原題：那山、那人、那狗、直訳：あの山、あの人、あの犬）は、1999年に中国で製作された映画です。監督は霍建起（フォ・ジェンチイ）が務め、彭見明（ポン・ジェンミン）による同名の短編小説を原作としています。

物語の舞台は、1980年代初頭の湖南省西部にある山岳地域。この地で長年にわたり郵便配達の仕事に従事してきた一人の男がいました。彼は膝の故障により、愛着のある職務から引退せざるを得なくなります。その後を継ぐのは、まだ若い彼の息子でした。息子の初めての配達に、父は自身にとって最後の旅として同行することを決めます。彼らに寄り添うのは、「次男坊」と呼ばれる、長年父の仕事を見守り続けてきた忠実な犬。こうして、父、息子、そして一匹の犬による、2泊3日の旅が始まります。

この旅を通じて、息子は単に手紙や荷物を運ぶだけではない、郵便配達という仕事の真髄を父から丹念に学びます。険しい山道を共に歩きながら、息子は父が地域の人々と築いてきた深い信頼関係や温かい交流を目の当たりにします。そこには、都市部では見られない、人と人との繋がりがありました。息子は、配達の途中で立ち寄ったトン族の村で開かれていた結婚式の祝宴にも加わり、その地の文化に触れます。また、道中で語られる母に関するエピソードから、両親の出会いや、故郷である山を深く愛しながらも都会で暮らした母の複雑な思いを知ることになります。母が山の娘だったこと、そして自身が山の娘とは結婚しないと語る息子の言葉には、それぞれの世代が抱える故郷への思いや、父から子へと受け継がれる心情が静かに描かれます。旅の途中、息子のトランジスタラジオからは当時のポップミュージックが流れ、時折挿入される回想シーンは、物語に深みを与えます。

この作品は、華やかな演出や劇的な展開に頼るのではなく、静謐なタッチで父と子の間の微妙な心の動き、そして彼らが触れ合う人々の素朴な温かさを描き出しています。湖南省の綏寧県や道県で撮影された自然豊かな風景は、登場人物たちの感情や物語の空気感を一層引き立てています。劇中に登場するトン族の村の夕刻の祭りで披露される蘆笙の踊りも、その地の文化や人々の暮らしを伝える要素として印象的です。

映画は国内外で高い評価を受け、数々の映画賞を受賞・ノミネートされました。主なものとして、中国国内の権威ある賞である金鶏奨では、1999年に作品賞と、父役を演じた滕汝駿（テン・ルージゥン）が主演男優賞を受賞しています。また、日本では2002年に毎日映画コンクールで外国映画ベストワン賞に輝き、日本アカデミー賞でも外国作品賞にノミネートされるなど、広く注目を集めました。国外では、2002年のモントリオール世界映画祭でPeople's Choice Awardを受賞し、Grand Prix des Amériquesにもノミネートされています。これらの受賞は、国や文化を超えて普遍的なテーマである「家族の絆」や「仕事への誠実さ」が観客の心に響いたことを示しています。

日本においては、日本語字幕版および日本語吹替版が制作され、演出を市来満、日本語字幕を関口暁子、翻訳を日笠千晶が手掛けるなど、多くのスタッフによって丁寧にローカライズされました。

『山の郵便配達』は、親子の世代間の継承、変わりゆく時代の中で失われつつある絆、そして平凡な仕事の中に宿るかけがえのない価値を静かに問いかける、心温まる作品として多くの人々に愛されています。

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