山之口貘

山之口貘：放浪と詩、そして故郷への愛

山之口貘（やまのくち ばく、1903年9月11日 - 1963年7月19日）は、沖縄県那覇市出身の詩人です。本名を山口重三郎といい、生涯で197編の詩を書き、4冊の詩集を刊行しました。彼の詩は、貧困の中で生きる人々の生活や、社会への批判、そして故郷沖縄への深い愛情を独特の視点と表現で描いています。

生涯

1903年、山之口貘は農工銀行八重山支店長の息子として沖縄に生まれました。幼少期は石垣島で過ごし、沖縄県立第一中学校（現・首里高校）に入学しますが、標準語の使用を強制されることに反発し、琉球語を用いたり、詩作に励んだりしました。1921年に中学校を退学後、19歳で上京し日本美術学校に入学しますが、1ヶ月で退学。その後は職を転々としながら放浪生活を送ります。関東大震災で帰郷を余儀なくされたり、再び上京してからは、書籍取次店員や暖房工事人夫、便所の汲み取り作業員など様々な職業を経験しました。住む場所も定まらず、公園や知人宅を転々とする日々を送る中で、警官に職務質問を受けることも度々あったようです。しかし、その苦労の中で彼は詩作を続け、その独特な世界観を磨いていきました。

詩作の特徴

山之口貘の詩は、一見するとユーモラスで、時に幻想的な表現が特徴的です。しかしその根底には、貧困や不条理に対する強い批判精神、そして故郷沖縄への深い愛情が流れています。

例えば、『妹へおくる手紙』『生活の柄』『自己紹介』などの作品では、上京後の生活苦や自己を赤裸々に描いています。また、『借金を背負って』では借金返済と借り入れを繰り返す生活を、『告別式』では借金を完済できずに死んだ自分の死後を、どこか可笑しみのある筆致で描き出しています。

また、『猫』では蹴られた猫が宇宙まで飛翔する様子を、『夜景』では地球が自分に付着するというユニークな視点で幻想的な世界を表現しています。これらの詩からは、彼の自由な発想と豊かな想像力が伺えます。

さらに、『思弁』や『雲の上』では戦争や衝突を繰り返す大国を批判し、『鮪に鰯』ではビキニ核実験を題材に、核兵器廃絶への静かな願いを込めています。彼の詩は、直接的な批判ではなく、静かで崇高な思いを込めたものです。

故郷沖縄をテーマにした詩も多く残しています。『沖縄風景』では軍鶏が飼われていた庭を、『がじまるの木』では大きなガジュマルの木を、『耳と波上風景』では美しい東シナ海を描いています。また、『不沈母艦沖縄』では沖縄戦で破壊された故郷を想い、『沖縄よどこへ行く』ではアメリカ統治下にあった故郷の日本への復帰を強く願いました。

人間関係と晩年

上京後、山之口は詩人の金子光晴と知り合い、詩誌「歴程」に参加します。この出会いは、彼の詩人としての活動を大きく後押ししました。また、佐藤春夫は彼のことを「このものは詩人で、善良な東京市民である」と証明書を書き、その才能を認めました。彼の詩は、フォーク歌手の高田渡によって歌われ、広く知られるようにもなりました。

晩年は、胃癌に侵され、入院費も手術代も無い状況でしたが、多くの詩友たちのカンパによって手術を受けることができました。しかし、1963年7月19日に59歳でその生涯を閉じました。

遺産

山之口貘の詩は、その独特な視点と表現、そして込められた社会への批判精神や故郷への愛情により、今もなお多くの人々に愛されています。彼の詩を歌にしたミュージシャンも多く、没後もその影響力は衰えていません。

彼は、沖縄の風土と、貧困の中で生きる人々の姿を、独自の詩の世界に昇華させた稀有な詩人であると言えるでしょう。

主な詩集

『思弁の苑』(1938年)
『山之口貘詩集』(1940年)
『定本山之口貘詩集』(1958年)
『鮪に鰯』(1964年)

受賞歴

1959年：『定本山之口貘詩集』で第2回高村光太郎賞
1963年：全業績で沖縄タイムス賞

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