岡崎令治

岡崎 令治

岡崎 令治（おかざき れいじ、1930年10月8日 - 1975年8月1日）は、日本の生命科学研究者であり、特に分子生物学の分野で世界的に認められる重要な発見をした人物です。広島県広島市の出身。

被爆体験と学究の道

少年時代、岡崎博士は広島で原子爆弾の投下を経験し、その後に降った「黒い雨」を浴びるという壮絶な体験をしました。この入市被爆は、後に彼の健康に深刻な影響を与え、早すぎる死の原因となります。

苦難の時代を乗り越え、彼は学問への道を歩みます。広島高等師範学校附属中学校（現在の広島大学附属中学校・高等学校）を経て、山口県立岩国中学校、そして旧制第五高等学校で学びました。1953年に名古屋大学理学部生物学科を卒業後、大学院に進学。発生生物学の権威であった山田常雄教授のもとで、生物の形が作られる過程で重要な役割を果たす「形成体（オーガナイザー）」の研究に取り組みました。この時期に培われた緻密な実験技術と生物学への深い洞察が、後の分子生物学における画期的な発見につながる基盤となりました。

海外での研鑽と名古屋大学での研究

1960年、岡崎博士は研究者としての視野を広げるため、アメリカ合衆国へ渡ります。セントルイス・ワシントン大学では、分子生物学の先駆者であるジャック・ストロミンジャーや、DNAポリメラーゼの発見でノーベル生理学・医学賞を受賞するアーサー・コーンバーグのもとで学びました。特にコーンバーグ研究室では、DNAの複製機構に関する最先端の研究に触れ、その後の自身の研究テーマを深く掘り下げる契機を得ました。スタンフォード大学での研究を経て、1963年に帰国。名古屋大学理学部化学教室の鈴木旺教授の研究室に助教授として迎えられ、自らの研究室を立ち上げました。

DNA複製の謎に挑む：岡崎フラグメントの発見とその意義

帰国後、岡崎博士が取り組んだのは、生命の設計図であるDNAが、細胞分裂の際にどのように正確にコピーされるのかという、当時の分子生物学における最も根本的な問題の一つでした。DNAは二重らせん構造をしており、二本の鎖は互いに逆向き（アンチパラレル）に並んでいます。DNAを合成する主要な酵素であるDNAポリメラーゼは、新しいDNA鎖を特定の方向（5'から3'方向）にしか伸ばせないという性質を持っています。この性質から考えると、二本ある親鎖のうち、一方を鋳型とする新しい鎖は連続的に合成できますが、もう一方の鎖を鋳型とする新しい鎖は、同じ方向には連続して合成できないという矛盾が生じました。

岡崎博士は、この矛盾を解決する画期的な発見をしました。彼は、DNAが複製される過程で、一方の鎖では連続的に合成が進む一方で、もう一方の鎖では短い断片として不連続的に合成されていることを実験的に証明したのです。これらの短いDNA断片は、後に彼の名を冠して「岡崎フラグメント」と呼ばれるようになりました。この発見は、DNA複製が完全に連続的に行われるのではなく、不連続合成というメカニズムが存在するという「DNA非連続合成モデル」を提唱するものでした。

1966年、岡崎博士はこの重要な発見を、科学の主要誌である米国科学アカデミー紀要や、世界の分子生物学者が集まる権威ある国際会議であるコールドスプリングハーバーシンポジウムで発表しました。その報告は、当時の分子生物学界に大きな衝撃を与え、教科書を書き換えるほどのインパクトを持つものでした。

モデルの完成、受賞、そして早すぎる別れ

1967年には名古屋大学分子生物学研究施設の教授に昇任。さらに研究を進め、1972年には岡崎フラグメントが合成される際に、その開始点に短いRNA鎖（RNAプライマー）が存在し、これがDNAポリメラーゼが合成を開始するための足がかりとなっていることを明らかにしました。このRNAプライマーの発見により、DNA非連続合成モデルはさらに強固なものとなり、DNA複製機構の全体像が明確になりました。これらの傑出した業績に対して、1970年に内藤記念科学振興賞、1971年には朝日賞が授与されています。

しかし、輝かしい未来が嘱望される中、岡崎博士の人生はあまりにも早く幕を閉じました。1975年、彼はアメリカ旅行中に倒れ、帰らぬ人となりました。享年44歳。死因は、少年時代の広島での被爆が原因とされる慢性骨髄性白血病でした。非情にも、人類がもたらした負の遺産である原子爆弾が、世界の科学の進歩を牽引する才能を奪ったのです。

遺志の継承と不朽の功績

岡崎博士の研究は、妻であり長年の共同研究者であった岡崎恒子氏（後に名古屋大学名誉教授、文化勲章受章者）によって引き継がれ、岡崎フラグメント研究はさらに深められました。現在、岡崎フラグメントとその発見は、分子生物学を学ぶ上で避けては通れない基本原理として、世界中のどの教科書にも必ず記載されています。その独創性と決定的な証拠に基づいた研究は、日本の分子生物学を世界の最前線に押し上げた「金字塔」として、今なお多くの研究者に影響を与えています。

岡崎博士は生前、「何が「essential」か、そして「essential」なことを解析するためにはどのような決定的実験をやるべきか。」という言葉を残しています。この言葉は、科学の本質を見抜く洞察力と、それを確かめるための厳密な実験計画の重要性を示しており、現代の研究者にも通じる指針となっています。岡崎令治博士の短くも密度濃い生涯と、その分子生物学における不朽の業績は、科学史に深く刻まれています。

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