島嶼生物学

島嶼生物学

島嶼生物学（とうしょせいぶつがく）は、島という特殊な環境に暮らす生物に焦点を当てた生物地理学の一分野です。生物地理学は、生物の分布を地理的な観点から研究する学問であり、島嶼生物学は特に島の生物がどのように進化し、多様性を獲得または失ってきたのかを生態学的な視点も含めて深く探求します。

島には、他では見られないユニークな生物が多く生息していることが知られています。有名な例としては、チャールズ・ダーウィンが進化論の着想を得たとされるガラパゴス諸島が挙げられます。しかし、島の生態系はその特異性ゆえに脆い側面も持ち合わせており、環境の悪化や外来種の侵入によって絶滅の危機にさらされやすい性質があります。

島という環境の特性

島とは、海に囲まれた陸地を指しますが、生物学的な観点からは単なる大きさの違いを超えた重要な意味を持っています。大陸は広大な面積を持つため、多様な気候帯が存在し、多くの生物種が複数の個体群を維持できます。これは、絶滅リスクの分散や進化的な多様性を育む上で有利に働きます。また、過去の気候変動に対しても、より適した環境へ移動できる可能性が高いと言えます。

一方、島は面積が限られるため、気候の多様性が乏しく、維持できる個体群の規模が制限され、絶滅が起きやすい環境です。しかし、その地理的な隔離ゆえに、大陸では競争に敗れたり捕食されたりして絶滅してしまった古いタイプの生物が生き残る場合もあります。このように、生物にとって島は、その面積以上に特殊な役割を果たす場なのです。

大陸島と海洋島

島は、その地質的な成り立ちによって大きく大陸島と海洋島に分けられます。

大陸島は、大陸と同じ地殻上に位置し、かつては大陸と陸続きであった歴史を持つ島です。周囲の海は比較的浅く、地殻変動や海水面変動により陸地が分断されて形成されました。そのため、海水を苦手とする淡水魚、陸産貝類、両生類なども生息しており、大陸に似た多様な生物相が見られます。日本の本州や九州、北海道などの日本列島、琉球列島、グレートブリテン島などがこれに該当します。

海洋島は、海底から火山活動などによって隆起して形成された島で、大陸とは地質的にも構造が異なります。周囲は非常に深い海に囲まれており、歴史上、他の陸地と接続したことがありません。そのため、生物が島へたどり着くには海を越える必要があり、侵入できる生物の種類が限られます。鳥類や一部の昆虫、植物の種子などが偶然漂着・定着することで生物相が形成されるため、海水に弱い哺乳類（コウモリを除く）や両生類などは基本的に生息していません。生物相に偏りが見られるのが特徴です。日本の小笠原諸島や大東諸島、世界的にはガラパゴス諸島やハワイ諸島が代表的な例です。

島の生物相にみられる特徴

大陸島と海洋島に共通して、島の生物相にはいくつかの特徴が見られます。

固有種が多い: その島にのみ生息する生物種が多い傾向があります。これは、海によって個体群が地理的に隔離されていること、そして個体群規模が小さいことから、偶然生じた変異が個体群内に広がりやすく（遺伝的浮動）、独自の進化を遂げやすいためと考えられます。

「生きている化石」的な生物の存在: 大陸では新しい種との競争や捕食によって絶滅してしまう古いタイプの生物が、孤立した島で生き残っている例が見られます。オーストラリアの有袋類などが大規模な例です。

特定分類群の適応放散: 特に生物種の少ない海洋島で顕著に見られます。ある分類群の生物が島に定着すると、他の地域では別の生物が占めている「生態的地位（ニッチ）」が空いているため、そこへ適応するように多様な形態や生活様式を持つ種へと分化していく現象です。ダーウィンが観察したガラパゴス諸島のフィンチ類が有名です。

飛行能力の喪失: 鳥類や昆虫など、本来飛行能力を持つ動物が島で飛べなくなる例が多く見られます。これは、捕食者が少ない環境では飛ぶ必要性が低くなること、また島から誤って飛び出してしまいやすいリスクを避けるため、といった説があります。沖縄本島北部のヤンバルクイナや、太平洋の島々に生息する飛べないクイナの仲間が例として挙げられます。

島の面積と種数の関係：種数平衡説

島の面積と生息する生物種の数には強い相関があることが古くから知られていますが、そのメカニズムを明確に説明したのが、R. マッカーサーとE.O. ウィルソンによる種数平衡説です。

この説は、島の生物種数は、絶滅と移入という二つの動的なプロセスが平衡した結果として決まると考えます。島の生物個体群は常に一定の確率で絶滅の危機に瀕しており、特に島の面積が小さいほど、維持できる個体数が少なくなるため絶滅率は高くなります。もし絶滅が続くだけなら、島の種数は減る一方です。

しかし、同時に外部（主に大陸などの供給源）から新しい生物種が島へ侵入し、定着するプロセスも存在します。この移入率は、島が供給源から遠いほど、生物が海を渡ってたどり着く確率が低くなるため減少します。

つまり、島の生物種数は以下の二つの要因のバランスによって一定の値に保たれると考えられます。
1. 島の面積: 小さいほど絶滅率が高い。
2. 大陸からの距離: 遠いほど移入率が低い。

面積が広く大陸に近い島ほど種数が多く、面積が狭く大陸から遠い島ほど種数が少ないという傾向が、この説によって説明されます。この種数平衡説は、実際の島だけでなく、都市部の公園や孤立した森林など、生物の生息地が断片化された状況にも応用できる重要な概念です。

参考文献
木元 新作 (1979) 『南の島の生きものたち　島の生物地理学』 共立出版

関連項目
r-K戦略説

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