島根にパソコンなんてあるわけないじゃん

アニメーション映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』（2000年公開）に登場する「島根にパソコンなんてあるわけないじゃん」というセリフは、作品の枠を超えて広く知られるインターネット・ミームとなりました。このフレーズは、主人公の一人である石田ヤマトが発した言葉です。

物語の中で、ヤマトは高石タケルと共に祖母の家がある島根県を訪れていました。電脳空間に出現した敵に対処するため、二人は周辺で利用できるパソコンを探しますが、容易に見つかりません。その状況下でヤマトが思わず口にしたのが、この「島根にパソコンなんてあるわけないじゃん」という言葉でした。しかし、その後パソコンは見つかり、事態に対応することができました。

映画の監督である細田守氏は、なぜ島根を舞台に選んだのかという問いに対し、パソコンを探すのに苦労しそうな場所だからだと説明しています。広島大学大学院（当時）の大西永昭氏は、作中では島根県内の特定の地域の風景がモデルになっているにもかかわらず、具体的な地名を避け「島根」という言葉を用いることで、匿名的な「田舎」の象徴として島根県を描いたのではないかと分析しています。また、アニメのプロデューサーである関弘美氏は、このセリフが島根県を軽視しているように受け取られる可能性を懸念し、数年後に島根県にふるさと納税を行ったと語っています。

このセリフは、後に公開された関連作品でも参照されています。『デジモンアドベンチャー tri.』では、「パソコンがないのが島根」という言葉に対しヤマトが反論する場面があり、アニメ映画『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』でも同様のセリフが登場するなど、パロディやリスペクトの対象となっています。地域活性化を目的とした『秘密結社鷹の爪』と島根県のコラボレーションでも、「パソコンどころか、パソコン教室だってある」というフレーズがユーモアとして使われました。インターネット上でもこのセリフは広がりを見せ、Google検索で「島根に」と入力すると、「島根にパソコンなんてあるわけないじゃん」や「島根にはパソコンが無い」といった候補が表示されることが確認されています。特に、デジモンが初めて登場する日が8月1日と設定されているため、夏にかけて関連キーワードの検索数が増加する傾向が見られます。

しかし、現実の島根県は、このフィクション上の描写とは大きく異なります。島根県には大手コンピューターメーカーである富士通の工場（島根富士通）があり、国内最大級のパソコン生産拠点として知られています。2019年までに累計4000万台ものパソコンがここで生産されました。島根富士通を紹介する文脈では、しばしばこのセリフとの対比が語られます。また、プログラミング言語Rubyの開発者である、まつもとゆきひろ氏が松江市に在住していることもあり、松江市や島根県ではIT産業の振興に力を入れており、地域活性化の重要な手段の一つとなっています。このように、現実の島根県はむしろIT分野との関わりが深い地域なのです。

前述の大西氏は、様々なメディア作品で特定の地域が現実の場所としての特性を失い、匿名的な「田舎」の記号として描かれる傾向を指摘し、「『島根県』固有の地域性など、そこにもとめるべくもない」状況が生まれていると述べています。

このセリフについて、島根県広報室は正式なコメントは控えるとしつつも、「島根県にパソコンがないということはもちろんない」と事実を否定しています。さらに、このセリフが話題になることで「島根に興味を持っていただいたり、盛り上がったりするきっかけになれば」と、話題になることへのポジティブな側面も認識しています。

「島根にパソコンなんてあるわけないじゃん」というセリフは、フィクションにおける田舎のイメージと、現実の地域の実像との間のギャップを浮き彫りにする象徴的なフレーズとなりました。多くの人に知られることで、かえって現実の島根県のIT産業や文化への関心を高めるきっかけともなっていると言えるでしょう。

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