川本宇之介

川本宇之介：口話法を推進した教育者

川本宇之介（1888年7月13日 - 1960年3月15日）は、大正時代から昭和時代にかけての日本の教育者です。東京市および文部省の職員を経て、東京聾唖学校（現在の筑波大学附属聴覚特別支援学校の前身）と東京盲学校（現在の筑波大学附属視覚特別支援学校の前身）の両校で教鞭を執りました。その後、東京聾唖学校長、国立ろう教育学校長兼附属ろう学校長、東京教育大学国府台分校主事を歴任しました。

生涯と業績

川本宇之介は兵庫県に生まれ、東京帝国大学文科大学選科を卒業後、文部省に入省しました。普通学務局第4課調査掛長として、盲聾教育と社会教育を担当しました。文部省官吏時代には、盲聾教育研究のため欧米を2年間訪問。ドイツ哲学を現地の大学で学び、ヴィルヘルム・ヴントの『民族心理学』に共感。手話を未開の言語とみなし、ろう教育における口話法を絶対的なものとして推進しました。

1924年には東京聾唖学校兼東京盲学校教諭に就任。翌年には、西川吉之助、橋村徳一とともに「日本聾口話普及会」を発足させ、雑誌『口話式聾教育』を創刊。欧米の障害児教育制度や動向の紹介、研究、口話法の普及、そして盲聾児の就学義務制の実現に尽力しました。1931年には聾教育振興会の常任理事に就任。1942年には東京聾唖学校長（現在の筑波大学附属聴覚特別支援学校）に就任し、1956年には東京教育大学国府台分校主事兼同大学講師となりました。

ろう教育と手話批判

川本宇之介は、著書『聾唖教育学精説』(1940年)の中で、手話に対して以下のような批判を展開しました。

手話は人類の言語として最も初歩的で幼稚なものである
手話は多義的で変化しやすく、意味が曖昧になる恐れがある
手話は直観的であり、抽象概念の表現が困難である
手話は論理的な思考を困難にし、論理的な表現を妨げる
手話は各国の国語とは体系が異なり、国語の理解を妨げる

これらの手話批判は、口話法が全盛期であった当時のろう教育者の間で支配的でした。しかし、現在では手話は音声言語とは異なる独自の体系を持つ言語として認識されており、川本の批判は的外れであるとされています。木村晴美らは、手話で抽象概念を表現することが困難であるという主張に根拠がないことを明らかにしています。

川本記念口話賞

川本宇之介の退職を記念して設立された川本記念口話賞は、口話を身につけ、ろう学校を優秀な成績で卒業した生徒を表彰するものでした。しかし、「口話法という観点のみで捉えて、優秀な学業成績の生徒を表彰することの矛盾」などが認識され、1999年に表彰事業は停止されました。

著作

川本宇之介は、教育に関する多数の著作を残しています。主な著書には以下のようなものがあります。

『公民教育の理論及実際』 (1915年)
『最新思潮 職業教育の研究』 (1916年)
『聾教育概説』 (1925年)
『聾教育学精説』 (1940年)
『ろう言語教育新講』(1954年)
* 『総説特殊教育』 (1954年)

これらの著作は、当時の教育思想や社会状況を反映しており、教育史研究において貴重な資料となっています。

関連人物

川本宇之介と関連の深い人物としては、同じく口話法を推進した西川吉之助、橋村徳一らが挙げられます。

まとめ

川本宇之介は、日本のろう教育において口話法を推進した中心人物の一人です。その教育思想と手話に対する批判は、当時のろう教育に大きな影響を与えました。しかし、現代においては手話の言語としての価値が認められており、川本の批判は再評価されています。彼の業績は、日本のろう教育の歴史を理解する上で重要な意味を持っています。

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