ろう教育

ろう教育とは、医学的に重度の聴覚障害を持つ子どもを対象とした教育のことです。かつては「口話法」と「手話法」が主な方法でしたが、現在では聴覚口話法、手話バイリンガル法、トータルコミュニケーションなど、より多様なアプローチが用いられています。本記事では、ろう教育の歴史、様々な教育法、現在の課題、そして各国の現状について詳しく解説します。

ろう教育の歴史

近世以前のヨーロッパ

歴史上、最も古いろう教育に関する記録は、8世紀初頭のイングランドの聖ジョン・オブ・ベヴァリーの伝説です。彼は聴覚障害児に言葉を教えたとされています。15世紀には、哲学者ルドルフ・アグリコラが聴覚障害者に言葉を教えた記録が残っています。この頃、ヨーロッパでは聴覚障害が知的能力とは関係ないと認識され始め、家庭教師による教育も行われるようになりました。

16世紀には、スペインの修道士ペドロ・ポンセ・デ・レオンが、墨字と指文字でろう教育を行ったことが知られています。1620年には、フアン・パブロ・ボネットがろう教育に関する指導書を著し、フレイ・メルヒオール・デ・イェブラが考案した指文字を紹介しました。

17世紀には、ドイツで読話がろう教育に取り入れられ、ヨハン・コンラッド・アンマンが口話法を確立しました。一方、イングランドの医師ジョン・バルワーは、手話を用いたろう教育について解説しました。

ろう学校の出現

18世紀後半、イングランド、フランス、ドイツで相次いでろう学校が設立され、ろう教育は個人教授から学校教育へと移行しました。トマス・ブレイドウッド、シャルル・ミシェル・ド＝レペ、ザムエル・ハイニッケなどが、それぞれの教育法を確立しました。ド＝レペは手話法の元祖とされ、ハイニッケは口話法を採用しました。

口話法の復活

19世紀には、フランス式の手話法が主流でしたが、1880年のミラノ会議で口話法が優勢であるとする決議が採択され、口話法の全盛期が始まりました。

聴覚口話法

20世紀に入ると、補聴器などの科学技術が発達し、聴覚を活用する聴覚口話法が登場しました。これは、重度聴覚障害児の一部に非常に有効な教育法であり、現在も研究と改良が続けられています。

トータル・コミュニケーションの登場

1960年代には、口話法一辺倒の手法への疑問が呈され、1967年にトータル・コミュニケーションの概念が提唱されました。これは、可能な全ての手段を利用してろう教育を行うというものです。

バイリンガルろう教育

聴覚障害児の教科学力が健聴児に及ばないという課題から、手話を第一言語とするバイリンガルろう教育が登場しました。これは、手話と書記言語を用いた教科学習を行うもので、北欧の国々で積極的に推進されました。日本では、フリースクールから始まり、公立のろう学校にも取り入れられています。

人工内耳の登場と普及

20世紀末から、人工内耳が普及し始め、幼児期に人工内耳を装用した聴覚障害児の教育法が議論されるようになりました。人工内耳装用を巡っては、ろう者を言語的少数者とみなすグループから批判も起きましたが、聴覚口話法の再評価が進んでいます。

聴覚口話法の再評価

聴覚障害教育における手話の使用は、基礎的な対人コミュニケーション技術（BICS）の充実には効果的ですが、それだけでは日本語の認知的/学術的言語能力（CALP）の獲得には不十分であるという指摘があります。聴覚活用やキュードサインなど、聴覚口話法の手法も日本語の音韻意識獲得のために活用すべきであるという意見も出ています。

現在のろう教育の課題

ろう者教員の数の少なさ: ろう者教員の充実が求められています。
インテグレーションによる生徒数の減少と統廃合: 統合教育の普及により、ろう学校の生徒数が減少し、統廃合が進んでいます。
教員の専門性確保の難しさ: ろう教育の経験や知識を持たない教員の割合が増えています。
人工内耳の普及: 聴覚活用を中心とした教育へのニーズが高まっています。
* 教育予算不足: 補聴器購入が困難な家庭も存在します。

各国のろう教育

日本

日本のろう教育は、民間の篤志家による私立学校から始まりました。手話法と口話法の対立を経て、トータルコミュニケーション、手話法の再評価へと進んでいます。現在では、公立ろう学校でも手話が導入されていますが、日本語対応手話や同時法が用いられることが多いです。

アメリカ

アメリカでは、ギャローデット大学などの高等教育機関が最初に整備されました。私立と公立のろう学校が存在し、それぞれ教育法や学力レベルに違いがあります。アメリカ手話（ASL）と対応手話（MCE）のどちらを採用するかという議論もあります。

まとめ

ろう教育は、長い歴史の中で様々な教育法が生まれ、変化してきました。現在では、聴覚障害児の個性やニーズに合わせた多様なアプローチが模索されています。今後のろう教育は、手話の活用、聴覚活用、そして社会との連携を深めながら、聴覚障害児の自立と社会参加を支援していくことが重要です。

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