市川新蔵 (5代目)

五代目市川新蔵の生涯と舞台の足跡

五代目市川新蔵、1861年に生まれた明治時代の歌舞伎役者は、本名を岡本録太郎とし、成田屋の屋号で知られました。彼は九代目市川團十郎の後継者として期待されるも、37歳という若さで早逝しました。新蔵の妻は浮世節の芸者である新柳小歌であり、彼の人生には華やかさと悲劇が交錯しています。

新蔵は田安徳川家の納戸役人である奥村寛次郎の子として生を受けたものの、母を早くに失い、父の同僚の養子となることで新たな生活が始まりました。彼が芝居の世界に入るきっかけは、弥太郎の番頭であったことからです。初舞台は1874年、四代目中村芝翫の門下生として『花舞台霞の猿曳』に出演し、これが彼のキャリアの第一歩となりました。

彼はその後、二代目中村鷺助の養子となりましたが、盗みの疑いを受けたために短期間で離縁され、再び芝翫の紹介で九代目市川團十郎の門に移ります。そこで名乗った名は「五代目市川新蔵」となり、本格的な活動が始まりました。徐々に腕をあげ、1888年には名題に昇進し、1890年には歌舞伎座で『相馬平氏二代譚』の美女丸を演じて大評判を博します。この役が新蔵の出世作となり、以後立役から女形まで幅広くこなす実力派として認められました。

新蔵はその卓越した所作や表現力から、九代目の後継者としての期待を背負う存在となり、「十代目っ！」という声援が飛び交うほどの人気を誇りました。劇作家の岡本綺堂は、新蔵について「舞台顔は特別美しいとは言えなかったが、光を放つような目と澄んだ声を持っていた」と評価しています。これによって観客の心をつかむことに成功しました。

しかし、舞台での活躍と同時に彼の健康は次第に蝕まれていきました。特に左目の病に悩まされるようになり、やがて眼帯をつけながらの舞台出演を余儀なくされるまで悪化しました。この困難にも関わらず、新蔵は力強い演技を続け、「彼は魂の力で働いていたのかもしれない」と岡本も記しています。

1896年、歌舞伎座での公演後、新蔵は引退に近い状況になり、翌年には惜しまれつつも37歳でこの世を去ります。彼の功績は短い生涯ながらも、歌舞伎界に大きな足跡を残しました。

また、新蔵は文才にも恵まれ、小説『木枯』を著し、文学的な素養を持っていたことも知られています。彼の才能を高く評価した九代目團十郎は、彼を後継者として期待し続けましたが、新蔵が人気を得るにつれて、彼の態度が傲慢になってしまう面もありました。それを見かねた九代目は、巧みに観客を笑わせる形で新蔵を注意し、彼への愛情を表すことで周囲の支持を集めていました。岡本はこのエピソードを通じて、九代目の寛大さと新蔵の特別な地位を示していると考えています。新蔵の人生は、芸術への情熱と苦難が交互に訪れる複雑なものであり、彼の名声は今もなお多くの人々の記憶に刻まれています。

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