市川百々之助

市川百々之助：サイレント映画の申し子、剣戟スターの栄光と影

市川百々之助（1906年-1978年）は、大正から昭和にかけて活躍した歌舞伎役者、映画俳優、そして映画監督である。サイレント映画時代、「ももちゃん」の愛称で親しまれ、阪東妻三郎と人気を二分する剣劇スターとして一世を風靡した。その華麗なるキャリアと、謎に包まれた晩年について深く探っていく。

華麗なるデビューと人気絶頂期

広島県広島市に生まれた百々之助は、1911年、わずか5歳で初舞台を踏む。その後、市川中車の門下に入り、各地を巡業。17歳で帝国キネマ演芸（帝キネ）小坂撮影所に入社し、映画界に足を踏み入れる。白塗りのメーキャップに派手な殺陣、そして前髪を立てた美少年風な姿で、チャンバラ映画のスターとして瞬く間に人気を博した。大正末期には、その人気は頂点に達し、女性ファンを中心に熱狂的な支持を得た。

当時、彼の演じる男性ストリップのようなパフォーマンスは、女性観客を熱狂の渦に巻き込んだという。白粉を塗った肌を露出し、剣を振るう姿は、一種の倒錯的なエロティシズムを漂わせ、チャンバラ映画に女性ファン層を開拓する役割を果たした。

波乱万丈のキャリア

しかし、百々之助のキャリアは順風満帆ではなかった。小坂撮影所の閉鎖、帝キネの内紛、そして自身のプロダクション設立と失敗など、様々な困難を経験する。人気絶頂期には、会社の意向や監督の指示を無視するほどのわがままな面も持ち合わせていたといわれる。

1930年代に入ると人気は下降線をたどり、帝キネを退社。その後、河合映画（後に大都映画に改組）に入社し、再び剣戟映画で活躍するも、日活太秦撮影所に移籍後は脇役に回るようになる。トーキー時代にも出演し、『赤垣源蔵と堀部安兵衛』では白塗りを捨ててリアルなメイクに挑戦するなど、役者としての幅を広げた。

第二次世界大戦前後の時期については、記録が途絶えており、俳優引退説や、女剣劇の一座に加わって各地を転々とした説など、様々な憶測が飛び交う。

戦後の活動と晩年

戦後、百々之助は再び映画界に復帰するが、かつてのような輝きは失われ、脇役としての出演が中心となる。1961年の『八荒流騎隊』を最後に事実上引退。晩年は半身不随となり、別府温泉で静かに療養生活を送ったと伝えられている。1978年、心不全のため71歳で死去。

市川右太衛門とのエピソード

興味深いのは、市川右太衛門が帝キネからの映画出演の誘いを断ったエピソードである。右太衛門は、当時帝キネに所属していた百々之助を見て、「百々之助ができるなら自分もできる」と感じたという。しかし、舞台への情熱が強く、誘いを断ったという逸話は、当時の映画界の状況と、百々之助の人気を物語っている。

マキノ雅弘の証言

映画監督のマキノ雅弘によると、百々之助は「目玉の松っちゃん」こと尾上松之助に似た容姿で役者になったという。その容姿と人気から「百々ちゃん画報」という雑誌が発行されるほどであった。また、立ち回りでふんどしが露わになる姿が女性に人気となり、「フンドシ百々ちゃん」と呼ばれるほどであった。

悲劇的な事故

人気絶頂期に、真剣を使った立ち回りの練習中に、弟子を誤って斬ってしまうという悲劇的な事故を起こす。この事件は、新聞などで大きく報道され、百々之助の人気に大きな影を落としたといわれる。日活のバイプレーヤーとなった後、稲垣浩監督に自身の不心得を悔やむ言葉を語ったというエピソードは、彼の内面的な葛藤をうかがわせる。

まとめ

市川百々之助は、サイレント映画時代を代表するスター俳優として、華やかな時代を築き上げた。しかし、そのキャリアは決して平坦なものではなく、数々の困難を乗り越えながら、役者として生き抜いた波瀾万丈の人生であった。彼の残した作品は、今もなお、日本の映画史に輝きを放ち続けている。

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