市民の図書館

市民の図書館

『市民の図書館』（しみんのとしょかん）は、1970年に日本図書館協会によって発行された中小公共図書館の運営に関する重要な指針です。本書は、1963年に出版された『中小都市における公共図書館の運営』（以下、『中小レポート』と呼ぶ）の改訂版として位置づけられ、前回の内容をさらに深化させた形で、公共図書館の運営における普遍的なモデルを提供しました。

背景

1963年に発行された『中小レポート』は、当時の図書館運営に対する新たな視点をもたらしました。このレポートの作成に寄与した日野市立図書館の館長である前川恒雄は、貸出サービスと児童向けサービスを強調し、図書館の利用促進に寄与しました。その結果、停滞していた図書館活動が活発化し、全国の公共図書館において同様の取り組みが求められるようになりました。

1968年、日本図書館協会は「公共図書館振興プロジェクト」を立ち上げ、このプロジェクトに参加する図書館を募りました。日野市立図書館をはじめとする5館が参加し、共同で図書館運営についての討議を行いました。この年の11月には長野県上田市で共同討議が行われた後、1969年には『市立図書館の運営：公共図書館振興プロジェクト報告1968』がまとめられました。この報告書は、後に『市民の図書館』の作成に影響を与える基盤となりました。

内容の特長

『市民の図書館』は、一般市民が閲覧対象となるよう意図され、図書館利用者一人一人に焦点を当てた内容になっています。本書では、公共図書館を「国民の知的自由を支える機関」と位置づけ、その機能を明確にしました。具体的には、以下の三つの主要な目標が示されています。

1. 市民が自由に利用できる貸出サービスの提供。
2. 児童への読書支援とサービスの徹底。
3. 図書館を市民の日常生活に密着させるための全域的なサービスの実施。

これにより、著者は『中小レポート』の弱点を克服し、より明確で具体的な方針を掲げました。加えて、貸出冊数の基準として、人口1人当たり年間2冊の貸出を目指す方針を、新たに設定しました。

影響と実践

本書では、貸出方式として「ブラウン方式」が紹介されています。この方式は、利用者のプライバシーを保護しながら、図書館の貸出数を増加させるために有効とされました。『市民の図書館』の発表の翌年には、ブラウン方式に関する説明書が各図書館に配布され、公共図書館の標準的な貸出方式として広まりました。

この理念に従ったサービス提供の成功例には常滑市立図書館の取り組みがあります。常滑では、1969年に新しい図書館の設立に際し、地域に根ざしたサービスを展開し、「市民に愛される図書館」を目指しました。その取り組みの中で、貸出促進、児童サービスの充実、全域サービスをスローガンに掲げました。

このように、『市民の図書館』の理念は、日本全体の公共図書館において実証的に受け入れられ、その影響力と実効性が示されました。1993年に刊行された『近代日本図書館の歩み』では、同書が日本の図書館運営において普遍的な原理を確立したと評価されています。これにより、『市民の図書館』はただの指針ではなく、実際の運営の枠組みとして認識されるに至りました。

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