広瀬絣

広瀬絣

広瀬絣（ひろせがすり）は、島根県の東部に位置する安来市広瀬町（旧：能義郡広瀬町）で古くから生産されてきた、日本の伝統的な絣織物です。鳥取県の倉吉絣、弓浜絣と並び称され、山陰地方を代表する「三絵絣」の一つとして知られています。その最大の特徴は、花鳥風月や幾何学模様などをモチーフとした、大胆で豊かな表現力を持つ「大柄の絵絣」にあります。

歴史と起源

広瀬絣の歴史は、江戸時代後期の文政年間にまで遡ります。この時期、近隣の弓浜地方（現在の鳥取県米子市・境港市周辺）で既に盛んだった絣織りの影響を受け、広瀬の地でも絣が作られるようになりました。具体的には、文政7年（1824年）に、広瀬町の医者の妻であった長岡貞子という人物が、米子町（現在の鳥取県米子市）から染色の技術を持ち帰ったことが始まりと伝えられています。彼女が伝えた技術が、広瀬の地での絣製造の基礎となったのです。

絣の生産は、時の広瀬藩の保護を受けることによって、大いに奨励され、発展しました。藩は絣を重要な産業と位置づけ、その品質向上と普及に力を入れたと考えられています。また、広瀬藩の絵師であった堀江友声が、絣の図案を手がけたことも、広瀬絣の芸術性を高める上で重要な役割を果たしました。藩の絵師が描く洗練された図案が、広瀬絣ならではの大柄の絵柄に、一層の深みと美しさを加えたのです。

江戸時代後期から明治時代にかけて、広瀬絣はその独特な大柄の絵柄で全国に名を知られるようになります。当時の絣産地との比較で、「広瀬の大柄、備後の中柄、久留米の小柄」と称されるほど、その特徴が明確に認識されていました。これは、同じ絣であっても、産地によって柄の大きさや表現方法が異なっていたことを示しており、広瀬絣の大胆なデザインが特に評価されていたことがうかがえます。

特徴

広瀬絣の最も顕著な特徴は、繰り返しになりますが、その「大柄の絵絣」にあります。他の地域の絣に見られるような細かい幾何学模様や抽象的な柄に加え、草花や風景、人物といった具体的なモチーフを大胆かつ優雅に表現した絵柄が多く見られます。これらの絵柄は、経糸（たていと）と緯糸（よこいと）それぞれにあらかじめ計算された絣くくりを施し、染め分け、織り上げることで精緻に表現されます。大柄であるがゆえに、絣合わせの技術には高度な熟練が求められ、それは職人の高い技術力の証でもあります。使用される糸は木綿が中心で、藍染めによって深みのある美しい青色を基調とした文様が描き出されます。

現代における位置づけと伝承

長い歴史を持つ広瀬絣は、その文化的価値が認められ、昭和37年（1962年）には島根県の無形文化財に指定されました。これは、広瀬絣が単なる織物としてだけでなく、地域の歴史や文化を伝える貴重な財産として評価されたことを意味します。

しかし、時代の変化とともに伝統的な手仕事による織物は生産量が減少し、技術の伝承が課題となりました。このため、広瀬絣の技術を後世に伝えるための様々な取り組みが行われています。昭和45年（1970年）には、後継者の育成を目的とした伝習所が設立され、若い世代への技術指導が始まりました。さらに、昭和60年（1985年）には「広瀬絣センター」が設立されました。このセンターは、広瀬絣の製造・展示・販売を行うとともに、一般の人々が絣織りを体験できる場を提供しており、広瀬絣の魅力を広く伝え、その保存・振興に中心的な役割を果たしています。

このように、広瀬絣は江戸時代に興り、藩の庇護のもと発展し、独特の大柄絵絣という特色を確立しました。そして現代に至るまで、文化財指定や伝承活動を通じて、その貴重な技術と美意識が大切に受け継がれています。広瀬絣は、島根県安来市の地域文化を象徴する、生きた伝統工芸品と言えるでしょう。

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