弓浜絣

弓浜絣（ゆみはまがすり）

弓浜絣は、鳥取県の弓ヶ浜半島、具体的には米子市や境港市を中心とする地域で古くから伝えられてきた伝統的な絣織物です。この地の別名である「弓浜」にその名が由来しており、地元では親しみを込めて「浜絣（はまがすり）」とも呼ばれています。

特徴

弓浜絣の最も際立った特徴は、その豊かな絵絣（えがすり）表現にあります。絣とは、事前に染め分けた糸を用いて織り上げることで模様を表す技法ですが、弓浜絣では幾何学的な模様だけでなく、人々の暮らしや自然の風景、動植物などを題材にした具象的な絵柄が巧みに織り出されます。そのデザインは素朴でありながらも力強く、見る者に温かみと安らぎを与えます。この高度な絵絣の技術は高く評価されており、同じく鳥取県の倉吉絣、島根県の広瀬絣と並んで、「山陰の三絵絣」と称されています。主に藍染めによる深い青色を基調としており、手紡ぎ、手織りによる風合いは、機械織りでは決して出すことのできない独特な魅力を持っています。

歴史と現状

弓浜絣の歴史は深く、江戸時代の中期には既に地域に根ざした産業として発展していたと考えられています。特に江戸時代末期から明治時代にかけては、多くの織元が軒を連ね、その製品は山陰地方だけでなく広く流通し、絣の中でも高い人気を誇りました。この時期が弓浜絣の最盛期であったと言えます。しかし、時代の移り変わりとともに、人々の生活様式が変化し、着物の需要が減少するにつれて、弓浜絣を取り巻く環境は厳しくなっていきました。特に第二次世界大戦後の復興期から高度経済成長期にかけては、化学繊維の普及や既製服の台頭により、伝統的な手織り絣の需要は激減しました。これに加え、後継者不足も深刻な問題となり、一時は弓浜絣の存続そのものが危ぶまれる事態となりました。現在、弓浜絣の生産量は最盛期に比べるとごくわずかであり、技術を受け継ぐ職人も限られています。

こうした厳しい状況の中でも、弓浜絣の伝統を守り、未来へ繋げようとする活動が続けられています。1975年には国の伝統的工芸品に、そして1978年には鳥取県の無形文化財に指定され、その文化的な価値が公的に認められました。現在は、地域の協同組合が主体となり設立された「弓浜かすり伝承館」が、その活動の中心的な役割を担っています。伝承館では、古来からの糸づくり、染色、製織といった一連の工程を学ぶことができる研修制度が設けられており、後継者の育成に力が注がれています。また、現代のニーズに合わせた新しい製品の開発や、伝統の技法を活かした様々な取り組みも行われています。伝統を守り継ぐ努力とともに、弓浜絣は新たな展開も模索しながら、その灯を絶やさないように努めています。

産地の風土との関わり

弓浜半島は、日本海と中海に囲まれた特殊な地形であり、かつては綿花栽培が盛んな地域でした。この地域で採れた綿花が、弓浜絣の主要な原料となり、地域の農業と織物産業が密接に結びついていました。温暖な気候と豊かな水資源は、藍染めの原料となる藍の栽培や、染色の工程にも適しており、弓浜絣がこの地で独自の発展を遂げる上での重要な要素となりました。また、かつては農作業の合間に家庭で糸を紡ぎ、機を織るといったように、地域の人々の日常の営みの中に絣づくりが溶け込んでおり、それが弓浜絣を支える基盤ともなっていました。地域に根ざした風土と人々の暮らしが、弓浜絣の素朴で温かみのある風合いを生み出してきたと言えるでしょう。

関連情報

国指定伝統的工芸品（1975年指定）
鳥取県指定無形文化財（1978年指定）

（注記：本稿は、公開されている情報を基に構成したものです。詳細な研究や資料については専門書などをご参照ください。）

もう一度検索