弦楽三重奏曲 (シェーンベルク)

弦楽三重奏曲 作品45

アルノルト・シェーンベルクが手がけた《弦楽三重奏曲 作品45》（Streichtrio op. 45）は、作曲家がこの分野において完成に至らせた唯一の作品として、その創作活動の中でも特筆すべき位置を占めています。シェーンベルクはキャリアの初期にいくつかの弦楽三重奏曲の構想を抱いていたようですが、残念ながらそれらは完成されることなく、断片的なスケッチとして残るのみです。したがって、作品45は、シェーンベルクが弦楽三重奏という編成で結実させた、文字通り唯一無二の存在と言えます。

この重要な作品は、1946年にアメリカのハーバード大学からの作曲依頼を受けて生み出されました。作曲は同年8月20日に開始され、約一ヶ月後の9月23日には完成されました。本作は、シェーンベルクがナチス政権の迫害から逃れてアメリカに亡命した後に書かれた作品群の一つであり、彼が確立した十二音技法を円熟させて用いた、後期の傑作として広く認識されています。

《弦楽三重奏曲 作品45》は、作曲当時のシェーンベルク自身の個人的な体験と深く結びついています。特に、作曲開始の直前である1946年8月には、彼自身が重篤な心臓発作に見舞われました。一時は危篤状態に陥ったものの、献身的な医師の治療によって奇跡的に一命を取り留めることができました。この死の淵をさまよい、そして生還するという劇的な経験が、作品の内容に強い影響を与えていると多くの研究者や演奏家によって指摘されています。生への執着、苦痛、回復といった感情が、十二音技法による複雑かつ表現力豊かな音楽の中に色濃く反映されているのです。また、長年彼を悩ませていた持病である喘息の発作の経験も、作品の表現に影響を与えていると言われています。作曲家の生命力が回復していく時期と、作品が完成を迎える時期が重なることは、本作に特別な意味合いを与えています。

作品は完成後、翌年の1947年には初演が行われ、音楽界に紹介されました。その後、1950年には楽譜が出版され、世界中の演奏家がこの難解でありながらも魅力的な作品に取り組む機会を得ることとなりました。

音楽的な形式を見ると、本作は全体が一つの楽章として切れ目なく演奏されますが、内部的には複雑な構造を持っています。作曲家自身は、作品全体を3つの主要な「部分（Part）」と、それらを繋ぐまたは対比させる2つの「エピソード（Episode）」から構成されると説明しています。興味深いことに、楽譜には伝統的な速度記号（Allegro, Adagioなど）が一切記されておらず、演奏者には各セクションの音楽的内容に基づいてテンポを解釈することが求められています。標準的な演奏時間は約19分程度とされていますが、解釈によって多少の差が生じます。

作品の形式的な区分は、楽譜の小節番号で以下のように示されています。

第1部（開始から51小節まで）
第1エピソード（52小節から132小節まで）
第2部（133小節から179小節まで）
第2エピソード（180小節から207小節まで）
* 第3部（208小節以降）

この区分は、単なる形式的な区切りではなく、音楽的な素材や性格の変化に基づいています。心臓発作という個人的な危機から生まれたこの作品は、単に十二音技法の適用例に留まらず、人間の内面的な葛藤や回復の過程を描いた、極めて人間的な表現を持った傑作として、20世紀音楽史におけるシェーンベルクの後期を代表する作品の一つとなっています。その複雑で深遠な響きは、現代音楽の重要なレパートリーとして、今なお多くの聴衆に強い印象を与え続けています。

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