弦楽四重奏曲 (メンデルスゾーン、1823年)

概要

フェリックス・メンデルスゾーンが1823年、数え年14歳という若さで筆を起こした弦楽四重奏曲 変ホ長調は、彼の初期の創作活動を代表する一曲です。この作品は、彼の生前には日の目を見ることがなく、公式な作品番号も付与されていません。メンデルスゾーンは他にも変ホ長調で弦楽四重奏曲（第1番 作品12、第5番 作品44-3）を書いており、これら出版された傑作群とは区別して扱われる必要があります。

作曲当時、メンデルスゾーンはまだ師カール・フリードリヒ・ツェルターの丁寧な指導のもとにありました。この弦楽四重奏曲は、そのような環境下で作曲された、いわば将来の傑作群への準備段階とも言える習作です。そのため、同時代の古典派音楽からの影響が色濃く見られ、特にハイドンやモーツァルトといった先達への敬意や学びが作品全体に反映されています。

本作の楽譜が初めて出版されたのは、メンデルスゾーンの死後、1879年になってからのことでした。

構成

作品は伝統的な4つの楽章で構成されています。全体の演奏時間は約23分です。

第1楽章 アレグロ・モデラート
変ホ長調。穏やかながらも活発なアレグロ。モーツァルト作品を思わせるような、伸びやかで歌謡的な旋律が特徴です。若き作曲家の瑞々しい感性が表現されています。

第2楽章 アダージョ・ノン・トロッポ
ハ短調。ゆったりとしたアダージョですが、「速すぎずに」という指示が付いています。ここでは一転して、悲哀を帯びた、どこか陰鬱な雰囲気が支配的になります。この楽章が醸し出すほの暗い色調は、わずか2年後に作曲され、メンデルスゾーンの若き日の代表作となる弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20のアンダンテ楽章を先取りしているかのような響きを持っています。

第3楽章 メヌエット
変ホ長調。古典的なメヌエット楽章です。整然とした形式感や舞曲のリズムは、特にハイドンの弦楽四重奏曲におけるメヌエット楽章を彷彿とさせます。古典派の様式を習得しようとする意図がうかがえます。

第4楽章 フーガ
変ホ長調。終楽章には、古典派後期によく見られるフーガが置かれています。ここでは二重フーガという凝った手法が用いられており、14歳のアカデミックな試みとして特筆されます。ベートーヴェン以前の作曲家、例えばハイドンの弦楽四重奏曲集 作品20や、モーツァルトの「ハイドン・セット」に含まれる弦楽四重奏曲第14番 K.387の終楽章に見られるような、対位法を用いたフーガ・フィナーレという古典的な伝統に則って作曲されています。

知名度と録音

この変ホ長調弦楽四重奏曲（作品番号なし）は、メンデルスゾーンの他の弦楽四重奏曲に比べて演奏機会が極めて少なく、録音も限られているため、一般にはあまり知られていません。しかし、近年では演奏機会も少しずつ増えており、録音も登場しています。入手可能な録音としては、著名なエマーソン弦楽四重奏団による演奏（ドイツ・グラモフォンより発売）などが挙げられ、この初期作品を知る貴重な手がかりとなっています。

この作品は、後の天才的な作曲家が、いかに古典の伝統に学び、自身の技法を磨いていったかを示す重要な証でもあります。

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