弦楽四重奏曲第12番 (シューベルト)

弦楽四重奏曲第12番 ハ短調 D 703 『四重奏断章』

フランツ・シューベルトが1820年12月に作曲に着手した弦楽四重奏曲です。現存する彼の弦楽四重奏曲の中では第12番目に位置付けられています。本作は第1楽章のみが完成し、第2楽章はわずかなスケッチが残されただけで放棄され、未完に終わったため、『四重奏断章』（ドイツ語: Quartettsatz）の通称で広く知られています。

概要

本作は1820年12月初旬、イグナーツ・フォン・ソンライトナー邸で催されたシューベルティアーデの集会の直後に着手されたとされています。シューベルトが弦楽四重奏曲を手がけるのは、1816年に作曲された前作『第11番 ホ長調』（作品125-2, D 353）以来、実に約4年ぶりのことでした。かつては1814年の作品と考えられていた時期もありましたが、これは同時期に書かれた別の『弦楽四重奏断章 ハ短調』（D 103）との混同によるものと思われます。

シューベルトは、第1楽章を完成させた後、第2楽章の提示部にあたる41小節までを書き進めたところで作曲を中断し、そのまま作品を放棄しました。この1820年は、シューベルトにとって自己に対する深刻な危機感を抱えていた時期であり、彼が手がけた多くの作品が同様に中断・放棄されています。

なぜ本作が未完に終わったのかについては、後の『未完成交響曲』（D 759）と同様に、様々な推測がなされています。例えば、イギリスのヴィオリストであるバーナード・ショアは、シューベルトが別の作品のアイデアを思い付いたために本作を中断したが、その後再び着手することなく放棄したのではないかと見ています。また、ピアニストで音楽学者のハビエル・アレボラも同様の見方を示しつつ、シューベルトは第1楽章を作曲した後に、これに続く楽章の着想が得られなかったため放棄に至ったのではないかと推測しています。

シューベルトは本作を放棄した後、再びしばらく弦楽四重奏曲の作曲から遠ざかりますが、その4年後の1824年から、このジャンルに再び取り組み、『第13番 イ短調《ロザムンデ》』（作品29, D 804）を皮切りに、『第14番 ニ短調《死と乙女》』（D 810）、『第15番 ト長調』（作品161, D 887）といった、後世に傑作と称される作品群を生み出すことになります。

本作の自筆譜は、シューベルトの死後、兄フェルディナントが所有していましたが、詳細な経路は不明ながら、様々な手を経て最終的にヨハネス・ブラームスが所有するところとなりました。完成された第1楽章の初演は、シューベルトの死後約40年を経た1867年3月1日にウィーンで行われ、ヨーゼフ・ヘルメスベルガー1世率いるヘルメスベルガー弦楽四重奏団によって演奏されました。1870年には、ブラームスが改訂した楽譜が『四重奏断章』として、ライプツィヒのバルトルフ・センフ社から出版されています。

今日演奏・録音されるのは完成された第1楽章のみの場合が多いですが、稀に第2楽章のスケッチ部分が演奏・録音されることもあります（例えば、ジュリアード弦楽四重奏団による旧CBSレコード盤など）。

楽曲について

本作は未完でありながらも、シューベルト後期の偉大な弦楽四重奏曲群への先駆けとなる重要な作品です。劇的で気魄に富んだ表現は、それ以前の彼の弦楽四重奏曲には見られない特質を備えています。

* 演奏時間: 約9分（第1楽章のみ）。

楽章構成

1. 第1楽章 アレグロ・アッサイ
ハ短調、8分の6拍子、自由なソナタ形式。
半音階を多用するトレモロの動機で開始されます。形式的にはソナタ形式を変則的、あるいは大胆な形で用いており、ロンドソナタ形式にも幾分か近い性質を持ちます。

2. 第2楽章 アンダンテ（未完成）
変イ長調、4分の3拍子。
わずか41小節のスケッチに留まります。

本作は、シューベルトがその作曲様式を大きく飛躍させる過渡期に生まれた、短いながらも強い印象を残す傑作です。

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