弦楽四重奏曲第12番 (ベートーヴェン)

ベートーヴェン晩年の傑作群の一つ、弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1825年10月に完成させた楽曲です。この作品は、作曲家が約14年間弦楽四重奏曲の分野から離れた後に再び着手した、記念すべき最初の四重奏曲であり、以降に続く5曲（および『大フーガ』）とともに、ベートーヴェンの「後期」弦楽四重奏曲として位置づけられています。

この作品は、ロシアの貴族であるニコライ・ガリツィン公爵からの委嘱を受けて作曲されました。ガリツィン公の依頼により生み出された一連の作品は、この第12番に加え、第15番 作品132、そして第13番 作品130を含み、「ガリツィン・セット」と称されることもあります。作曲時期は、ピアノソナタ第30番から第32番、荘厳ミサ曲（ミサ・ソレムニス）、そして交響曲第9番といった、ベートーヴェンの創作活動が最も円熟し充実していた時期とほぼ重なります。そのためか、この弦楽四重奏曲第12番にも、この時期特有の深みと充実が感じられる作品となっています。

作品の初演は1825年3月6日に行われましたが、当時の演奏家たちには曲の難しさやベートーヴェンの新しい様式への理解が追い付かず、また十分な練習時間が取れなかったようで、初演時の評価は芳しくなかったと伝えられています。しかし、同月23日に行われた2回目の演奏では、より準備が整ったこともあり、聴衆から高く評価されました。

楽曲構成

この作品は伝統的な4つの楽章で構成されています。

第1楽章

Maestoso - Allegro、変ホ長調、ソナタ形式。
冒頭は変ホ長調の荘厳かつ印象的な和音で開始されます。この序奏に続いて、作曲者によって「優しく、美しく」と指示された第1主題（変ホ長調）と、対照的なト短調の第2主題が登場し、主部が展開されます。楽章の途中には、冒頭のMaestosoによる序奏部の和音が二度挿入される特徴があります。全体として明るく伸びやかな雰囲気に満ちた楽章です。

第2楽章

Adagio, ma non troppo e molto cantabile、変奏曲形式、変イ長調。
ベートーヴェン後期様式を代表する変奏曲の一つであり、ピアノソナタ第30番や弦楽四重奏曲第14番、ディアベリ変奏曲など、同時期の変奏曲と並び称されます。変イ長調の主題は、きわめて静かで簡素であり、ベートーヴェン晩年の精神的な深みや内省的な側面を如実に示しています。主題に続き、第1変奏、そしてAndante con motoで奏される第2変奏が続きます。第3変奏はAdagio molt espressivo、ホ長調となり、主題の根幹を保ちつつも、響きや表現において主題から大きく離れた、非常に独創的な変奏となっています。続くAdagioの第4変奏では、元の変イ長調に戻り、主題の姿がより明確に示される形で変奏されます。そして最後の第5変奏は、一転して活気にあふれた楽想となります。

第3楽章

Scherzando vivace - Presto、変ホ長調、三部形式。
スケルツォ風の楽章で、軽妙な主部と、対照的なPrestoの速度を持つトリオ部から構成されます。後半のスケルツォ部では、従来の形式にとらわれない、独創的な展開が繰り広げられ、聴き手を飽きさせません。

第4楽章

Finale、変ホ長調、ソナタ形式。
速度指定は特にありませんが、通常はPrestoあるいはAllegroの速いテンポで演奏されます。コーダはAllegro con motoで始まるため、多くの演奏ではその手前で一度テンポが落ち着きます。ユニゾンによる短い序奏部の後、第1ヴァイオリンに現れる元気の良い第1主題、そして変ロ長調の溌剌とした第2主題へと続きます。展開部では、ベートーヴェンならではのエネルギーに満ち、かつ巧みな主題の扱いや変形が行われます。再現部を経て、曲はハ長調のコーダに突入します。コーダでは音楽の勢いがさらに増し、最終的には元の変ホ長調に戻り、アンサンブル全体で力強く締めくくられます。

この弦楽四重奏曲第12番は、ベートーヴェン後期を代表する作品群の先駆けとして、その後の四重奏曲の発展に大きな影響を与えた重要な作品です。

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