弦楽四重奏曲第15番 (シューベルト)

フランツ・シューベルト（Franz Schubert, 1797-1828）がその短い生涯の晩年にあたる1826年6月に生み出した『弦楽四重奏曲第15番 ト長調 作品161, D 887』は、彼にとってこのジャンルにおける最後の作品となりました。シューベルトは本作を完成させたわずか2年後の1828年に世を去っています。

概要

作曲者の自筆譜に残された日付からは、この作品が1826年6月20日から30日という、驚くほど短いわずか10日間で完成されたことがわかります。手稿によるパート譜は翌1827年に作成されたとされていますが、残念ながら現在は失われており、それがシューベルト自身の手によるものなのかも定かではありません。

この曲の公開初演は、シューベルトが自身の作品を披露するために1828年3月26日にウィーンの「赤いはりねずみ館」で開催した演奏会で行われたとされています。ただし、この時演奏されたのは第1楽章のみであり、演奏者にはヨーゼフ・ベーム、カール・ホルツ、フランツ・ヴァイス、ヨーゼフ・リンケといった当時の名手が名を連ねていました。この演奏会で「新作」としてプログラムに載った曲は、調性の記載がないため、『弦楽四重奏曲第14番 ニ短調《死と乙女》』（D 810）の可能性も指摘されています。

本作の全曲が初めて演奏されたのは、シューベルトの死後20年以上が経過した1850年12月8日、ウィーンでのことでした。この時の演奏は、著名なヨーゼフ・ヘルメスベルガー1世率いるヘルメスベルガー弦楽四重奏団によって行われています。楽譜が出版されたのはその翌年、1851年にディアベリ社から「作品161」として世に出されました。

楽曲構成

本作は、古典的な弦楽四重奏曲の構成を踏襲し、全4楽章からなり、演奏時間は約45分を要します。しかし、その内容は従来の弦楽四重奏曲の枠を超え、まるでオーケストラや交響曲のような響きや表現が追求されています。特に、急速な音の繰り返しによるトレモロ奏法や、複数の楽器が同じ旋律を奏でるユニゾンの多用、そして楽器の持つ音色を最大限に引き出す工夫、さらに広い音域を駆使したダイナミックな表現など、これまでのシューベルトの弦楽四重奏曲には見られなかった革新的な手法が導入されています。

各楽章は以下の通りです。

第1楽章：アレグロ・モルト・モデラート (Allegro molto moderato)
ト長調、4分の3拍子、ソナタ形式。冒頭からトレモロ奏法が効果的に用いられ、作品全体を特徴づける重要な要素となっています。和声進行も独創的で、特に劇的な転調（明るさと暗さの対比）が楽曲の表現に深みを与えています。

第2楽章：アンダンテ・ウン・ポコ・モート (Andante un poco moto)
ホ短調、2分の2拍子（旧版では4分の4拍子）、ロンド風の形式。ここでも移り変わる転調が印象的で、嬰ハ短調、変ロ短調、ト短調といった意外な調へ展開します。楽章の終わりにあたるコーダはホ短調で始まりますが、最後はホ長調へと転じ、穏やかな光の中に消えていくような明るい響きで閉じられます。

第3楽章：スケルツォ：アレグロ・ヴィヴァーチェ - トリオ：アレグレット (Scherzo: Allegro vivace - Trio: Allegretto)
スケルツォはロ短調、トリオはト長調、4分の3拍子、複合三部形式。活気に満ちたスケルツォの冒頭動機も、素朴なトリオ部分も、やはり多彩な転調を特徴としています。トリオは、故郷オーストリアの田舎の踊りであるレントラーを思わせる、簡素で温かみのある旋律が魅力的です。

第4楽章：アレグロ・アッサイ (Allegro assai)
ト長調、8分の6拍子、ロンドソナタ風形式。急速なタランテラのリズムに乗って、休むことなく駆け抜けるような楽章です。この無窮動的なリズムは、『死と乙女』の終楽章にも通じるものです。第1楽章と同様、ト長調からト短調への転調が頻繁に現れるなど、調性の変化が巧みに用いられ、楽章に活気と変化をもたらしています。

その他

余談ですが、アメリカの映画監督ウディ・アレンが監督・主演を務めた1989年の映画『ウディ・アレンの重罪と軽罪』（原題: Crimes and Misdemeanors）の中で、この弦楽四重奏曲第15番の第1楽章の展開部が印象的に使用されています。

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