弦楽四重奏曲第5番 (モーツァルト)

弦楽四重奏曲第5番 ヘ長調 K. 158

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した弦楽四重奏曲第5番 ヘ長調 K. 158 は、彼の初期の室内楽作品群の中でも重要な位置を占める楽曲です。この作品は、当時モーツァルトがイタリア滞在中に書いた6曲の弦楽四重奏曲、通称「ミラノ四重奏曲」シリーズの第4作目にあたるため、「ミラノ四重奏曲第4番」という別名でも広く知られています。

概要

この弦楽四重奏曲第5番 K. 158は、前作の第4番（K. 157）と同様に、モーツァルトがオペラ『ルーチョ・シッラ』の上演のためにイタリアのミラノに滞在していた1772年末から1773年初頭にかけて作曲されました。これらの「ミラノ四重奏曲」は、イタリアの音楽的嗜好や、当時のミラノにおける演奏習慣を意識して書かれたと考えられています。

興味深い特徴として、この作品は同じシリーズの第2番（K. 155）と類似した点があり、特にチェロのパートには、時に弦楽合奏を念頭に置いたような、コントラバスのパートを重ねた記述が見られます。これは、弦楽四重奏という編成に加え、より大規模な弦楽合奏でも演奏されることを想定していた可能性を示唆しています。また、当時のミラノがオーストリア・ハプスブルク家の領土であったことを考慮し、終楽章にウィーンで好まれていたメヌエット楽章を配置することで、宗主国への敬意を表したとする解釈も存在します。作品全体は全3楽章構成となっており、これは当時のイタリアで主流であったシンフォニアやディヴェルティメントの形式に倣ったものと考えられます。

構成

全3楽章から成り、演奏時間は約13分程度です。この作品を含む「ミラノ四重奏曲」シリーズ（特に第3番 K. 156、第4番 K. 157、第6番 K. 159）には、第2楽章に短調の楽章が置かれるという共通の特徴が見られます。これにより、若きモーツァルトの多感で叙情的な感情表現が、作品の中に効果的に組み込まれています。

各楽章の構成は以下の通りです。

第1楽章：アレグロ (Allegro)
ヘ長調、4分の3拍子のソナタ形式です。明るく晴れやかな主題で幕を開けます。展開部では、それまでの主題とは全く異なる、ユニゾンで始まる意表を突く楽想が現れます。この唐突でありながら絶妙な転換は、形式に縛られないモーツァルトらしい創意工夫であり、聴き手の注意を引きつけ、作品に豊かな変化をもたらしています。

第2楽章：アンダンテ・ウン・ポコ・アレグレット (Andante un poco Allegretto)
イ短調、4分の4拍子の二部形式です。前後の明快な長調楽章とは対照的に、短調による内省的で少し翳りのある雰囲気を持っています。「ウン・ポコ・アレグレット（少し速めに）」という指示は、単なる緩徐楽章に留まらない、微妙なテンポ感と感情のニュアンスを示唆しています。

* 第3楽章：テンポ・ディ・メヌエット (Tempo di Minuetto)
ヘ長調を主とし、中間部でヘ短調を挟む4分の3拍子です。ウィーン古典派で好まれたメヌエット形式が終楽章に置かれています。優雅な舞曲のリズムに乗って進行しますが、トリオ部分のヘ短調では一時的に陰影が加わり、楽章全体に変化と深みを与えています。快活な終楽章として、作品を華やかに締めくくります。

まとめ

弦楽四重奏曲第5番 K. 158は、若きモーツァルトがイタリアの地で作曲した初期四重奏曲の典型であり、当時の流行を取り入れつつも、彼自身の独創的な音楽語法が芽生え始めていることを示す重要な作品です。簡潔な3楽章構成の中に、旋律の美しさ、楽章間のコントラスト、そして展開部における遊び心など、後の円熟期を予感させる魅力が詰まっています。この作品を通じて、青年モーツァルトが弦楽四重奏というジャンルとどのように向き合い、自身のスタイルを確立していったのかを垣間見ることができます。

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