弦楽四重奏曲第79番 (ハイドン)

弦楽四重奏曲第79番 ニ長調 作品76-5, Hob. III:79 『ラルゴ』

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが晩年の1797年に生み出した弦楽四重奏曲の一つに、ニ長調の第79番（作品76-5, Hob. III:79）があります。偽作や編曲作品を除いたハイドンの弦楽四重奏曲の中では、通算第64番目にあたる位置づけとなります。この楽曲は、作曲家がエステルハージ侯爵のために書いた傑作群である作品76、「エルデーディ四重奏曲」全6曲の第5番としてまとめられています。特に第2楽章の深遠な美しさから、その速度記号である「ラルゴ」が作品全体の愛称として広く親しまれるようになりました。

この四重奏曲は、典型的な古典派の構成である全4楽章で構成されており、全曲の演奏時間は概ね20分程度です。

曲の構成

第1楽章 アレグレット - アレグロ

ニ長調、8分の6拍子、変形された三部形式が採用されています。
冒頭は優雅なアレグレットで始まりますが、やがて主題に複雑なリズムを持つ旋律が巧みに絡みつき、楽章に独特の推進力と表情を与えています。軽やかさの中にも巧妙な技法が光る楽章です。

第2楽章 ラルゴ・カンタービレ・エ・メスト

嬰ヘ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、ソナタ形式。
本作の中心をなす楽章であり、その速度記号が作品の愛称となりました。「カンタービレ」は歌うように、「メスト」は悲しげに、という意味合いを持ちます。当時の作曲技法において極めて珍しい遠隔調である嬰ヘ長調が選ばれており、この調性が生み出す響きは、深い情緒と静けさ、そしてどこか物憂げな雰囲気を湛えています。その叙情性と革新性は、後のロマン派音楽の到来を予感させるほどであり、聴く者に強い印象を与えます。

第3楽章 メヌエット：アレグロ - トリオ

ニ長調からトリオではニ短調へ転じ、4分の3拍子、複合三部形式です。
メヌエット主部は力強く、確固たるリズムを持っています。中間部のトリオでは、ニ短調に変わり、陰影のあるパッセージが現れます。この楽章の冒頭には、前の第2楽章の旋律と関連するような共通の音型が用いられており、作品全体の音楽的な繋がりを感じさせます。

第4楽章 フィナーレ：プレスト

ニ長調、4分の2拍子、ソナタ形式。
活気に満ちた「プレスト」（非常に速く）の速度で開始される終楽章です。軽快かつ推進力のある主題が展開され、楽曲を華やかに締めくくります。特にソナタ形式の再現部においては、普段は和声を支える役割が多い第2ヴァイオリンが重要な旋律や応答を受け持つ場面があり、楽曲に変化と彩りを加えています。輝かしいニ長調で、聴衆を高揚させて曲を閉じます。

この弦楽四重奏曲第79番は、『エルデーディ四重奏曲』の中でも特に人気の高い作品の一つであり、ハイドンの円熟期の作曲技術と深い表現力が融合した、古典派弦楽四重奏曲の傑作として今日でも世界中で演奏されています。

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