弦楽四重奏曲集作品17

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンによる《弦楽四重奏曲集作品17》（Hob.III:25-30）は、1771年に作曲された全6曲から構成される弦楽四重奏曲集です。ハイドンのキャリアにおいて、弦楽四重奏曲というジャンルの確立に向けた重要な一歩を示す作品群の一つとして位置づけられています。

概要と特徴

この作品集は、全曲の自筆譜が現存しており、これによって1771年という作曲年が明確に特定されています。先行する作品9の直後に書かれたと考えられており、両作品の間には多くの共通点が見られます。例えば、当時のハイドンに仕えていたヴァイオリニスト、ルイージ・トマジーニの活躍を意図してか、第1ヴァイオリンに技術的な比重が置かれている点が挙げられます。また、全6曲が4楽章構成であり、第2楽章にメヌエット、第3楽章に緩徐楽章が配置されるという共通の楽章順を持っています（ただし、自筆譜やハイドンの草稿目録では、現在の一般的な楽譜とは異なる曲順で並べられています）。

楽章形式においても共通点が多く、第1楽章は原則としてソナタ形式ですが、作品17-3のように例外的に変奏曲が用いられている曲も含まれます。作品集全体で各曲の調性が異なること、そして短調の曲（作品17-4）が1曲含まれている点も作品9と同様です。一方で、作品9と比較すると、第1ヴァイオリンだけでなく、他のパートの役割や重要性が増しているという発展も見られます。

ハイドン自身の自筆楽譜では、これらの曲はまだ「ディヴェルティメント」という名称で記されています。しかし、低音楽器の指定においては、「basso」に加えて具体的に「violoncello」と併記されるようになり、弦楽四重奏という編成がより明確に意識され始めた兆候がうかがえます。

作品は作曲翌年の1772年に、アムステルダムのヨハン・ユリウス・フンメルから出版されました。

モーツァルトへの影響

この作品集は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトにも大きな影響を与えたことで知られています。アウクスブルクの教会に所蔵されている作品17の楽譜には、実際にモーツァルト自身の書き込みが残されています。モーツァルトが1773年にウィーンで作曲した6曲の弦楽四重奏曲（K.168-173）、通称「ウィーン四重奏曲」は、ハイドンの作品20までの弦楽四重奏曲から強い影響を受けていますが、特にK.168とK.170には作品17からの直接的な影響が指摘されています。音楽学者のダニエル・ハーツは、モーツァルトがこれらの四重奏曲を作曲するにあたり、ハイドンを模倣しつつ自己の個性を確立するという矛盾した課題に直面し、結果として成功に至らなかった、と論じています。

各曲の解説

作品17は以下の6曲からなります。

1. ホ長調 Hob. III:25 作品17-1

当時としては珍しいホ長調が採用されています（ハイドンは作品2-2でもこの調を使用）。メヌエット楽章は対位法的な書法が特徴です。第3楽章はホ短調で、作品9-1と同様にシチリアーナのリズムを持っています。
モデラート 4⁄4
メヌエット
アダージョ 6⁄8 ホ短調
プレスト 2⁄4

2. ヘ長調 Hob. III:26 作品17-2

ハイドンの自筆譜においては、この曲が最初に置かれていました。
モデラート 4⁄4
メヌエットポコ・アレグレット
アダージョ 2⁄2 変ロ長調
アレグロ・ディ・モルト 2⁄4

3. 変ホ長調 Hob. III:27 作品17-3

第1楽章が変奏曲形式で書かれている点が特徴的です。これは作品2-6や作品9-5にも見られる形式です。
アンダンテ・グラツィオーゾ 2⁄4
メヌエットアレグレット
アダージョ 3⁄4 変イ長調
アレグロ・ディ・モルト 4⁄4

4. ハ短調 Hob. III:28 作品17-4

作品集唯一の短調の曲で、作品9-4と同様ですが、中間2楽章（メヌエットとアダージョ）が長調で書かれているため、作品9-4ほどの深刻さは感じられません。メヌエットはワルツのような性格を持っています。
モデラート 4⁄4
メヌエットアレグレットハ長調 (トリオはハ短調)
アダージョ・カンタービレ 3⁄4 変ホ長調
アレグロ 2⁄2

5. ト長調 Hob. III:29 作品17-5

作品17の中で最もよく知られた曲です。特に第3楽章の緩徐楽章は、第1ヴァイオリンの旋律が短調のレチタティーヴォ風の部分と長調のアリア風の部分から構成されており、この特徴から「レチタティーヴォ」という愛称で呼ばれることもあります。
モデラート 4⁄4
メヌエットアレグレット
アダージョ 3⁄4 ト短調
プレスト 2⁄4

6. ニ長調 Hob. III:30 作品17-6

第1楽章がプレストという速いテンポで始まる点で作品9-6と共通しますが、作品9-6が比較的軽い性格であるのに対し、本曲はより大規模で複雑な構成を持っています。
プレスト 6⁄8
メヌエット
ラルゴ 4⁄4 ト長調
アレグロ 2⁄4

作品17は、ハイドンの弦楽四重奏曲が初期のディヴェルティメント的な性格から、より成熟した芸術形式へと進化していく過程を示す重要な足跡であり、後進の作曲家たちにも大きな影響を与えた作品群と言えます。

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