影を慕いて

影を慕いて

『影を慕いて』は、作曲家・古賀政男氏が作詞・作曲した昭和初期の流行歌で、藤山一郎氏の歌唱により歴史的な大ヒットを記録しました。古賀政男氏、藤山一郎氏の代表曲として広く認知されているだけでなく、昭和の歌謡史に残る傑作として、その名を知られています。

誕生の背景

『影を慕いて』のメロディーは、よく知られているように『美しき天然』(作曲：田中穂積氏）のメロディーを参考にしています。しかし、その旋律には、古賀政男氏自身の苦悩と絶望、そして魂の叫びが込められています。

昭和初期、日本にはモダニズムの陰りとでもいうべき暗い世相が蔓延していました。1928年夏、古賀氏は悲恋などを原因に、青根温泉（現在の宮城県川崎町）で自殺を図ります。その際、蔵王にかかる夕焼けを目にしたことがきっかけとなり、『影を慕いて』の一片の詩が生まれたとされています。

大学卒業直後の1929年6月、古賀氏は明治大学マンドリン倶楽部の定期演奏会で、ギター合奏曲として『影を慕いて』を発表しました。演奏会にゲスト出演していた人気歌手の佐藤千夜子さんは、この曲を聴き、流行歌として発表することを古賀氏に勧めました。その後、アンドレス・セゴビア氏の演奏に感銘を受けた古賀氏は、『影を慕いて』の完成を急ぎました。

佐藤千夜子さんは1930年10月に日本ビクターで、明大マンドリン倶楽部の伴奏により『影を慕いて』をレコーディングしました。翌年1月には『日本橋から』（作詞：浜田広介、作曲：古賀政男）のB面として発売されましたが、残念ながらこのレコードはヒットしませんでした。しかし、浅草・鳥越の斉藤楽器店でこのレコードを発見した日本コロムビアレコードの営業マン、伊藤正憲氏によって、事態は大きく動き始めます。

藤山一郎による大ヒット

伊藤正憲氏は、1931年頃にデビューしたばかりの、正体不明の歌手であった藤山一郎氏に『影を慕いて』を歌わせることを決めました。しかし、藤山一郎氏が学生であることが発覚し、停学とレコードの吹き込み禁止処分が下されてしまいます。ところが、藤山一郎氏は学校側に「録音済み」であるという虚偽のリストを提出し、発売にこぎつけました。

1932年3月、日本コロムビアから改めて藤山一郎氏の歌唱による『影を慕いて』が発売されました。このレコードは大ヒットを記録し、藤山一郎氏は、古賀政男氏の才能を開花させるという、大きな功績を残しました。

『影を慕いて』はその後も、美空ひばりさん、森進一さんなど、多くの歌手によって歌い継がれています。

歌碑

『影を慕いて』を記念する歌碑は、ゆかりの地に建立されています。

宮城県柴田郡川崎町 青根温泉: 古賀政男氏が青年時代に自殺を図った青根温泉付近の山中に、1980年に建立されました。「詩碑」の文字と共に、歌詞と創作秘話、古賀政男氏の略歴が刻まれています。自動伴奏付きです。
宮城県川崎町 青根自然の森公園内: 黒石プレートに歌詞と譜面の一部が刻まれています。こちらも自動伴奏付きです。
山梨県南都留郡富士河口湖町 古賀政男記念公園内: 古賀政男氏が疎開先として過ごしたゆかりの地であることを記念して、2004年に建立されました。表側の黒石プレートには歌詞と譜面が刻まれ、白石部分には古賀政男氏の肖像プレートと、右横書きで座右の銘「音楽和也」の直筆文字があります。裏側の黒石プレートには、同地での秘話が刻まれています。自動伴奏付きです。
岐阜県岐阜市日野西 天台宗不動院不動閣境内: 歌のモデルとなった悲恋の相手、藤沢浪子さんの出身地に、1994年に建立されました。黒石プレート表面に歌詞、裏面に秘話と建立の経緯、願主である藤沢浪子さんの名前が刻まれています。
* 福岡県大川市酒見 大川公園内: 古賀政男氏の故郷に建てられています。譜面と古賀政男氏直筆の歌詞が刻まれています。

『影を慕いて』は、時代を超えて人々の心に響く名曲です。歌碑を巡りながら、その歌詞と旋律に込められた想いに触れてみてはいかがでしょうか。

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