後斜角筋

後斜角筋とは

後斜角筋（こうしゃかくきん、英語: Scalenus posterior muscle）は、人間の頚部に存在する重要な骨格筋の一つです。この筋肉は、首の骨である頚椎の下部から始まり、下方に向かって走行し、胸郭の一部を形成する肋骨に付着しています。頚部の側方に位置する一連の筋肉群である「斜角筋群」に属しており、その中でも最も身体の後ろ側（posterior）に位置することからこの名がつけられています。斜角筋群には他に前斜角筋（Scalenus anterior muscle）と中斜角筋（Scalenus medius muscle）があり、後斜角筋はこれらと並行して走っています。これらの斜角筋群は、頚部の解剖学において重要なランドマークであり、その位置や機能の理解は、人体の構造を学ぶ上で欠かせません。

位置関係と走行の特徴

後斜角筋は頚部のやや深層に位置し、体表からは直接触知することは一般的に困難です。その走行経路は、頚椎の下部から始まり、斜め下方かつ外側へと向かいます。具体的には、前斜角筋および中斜角筋のさらに後方に位置しており、これらの筋肉と共に頚部の側方を構成しています。筋肉の繊維は、起始部である頚椎の横突起からリボンのような形状で下方へと伸び、最終的に第二肋骨へと到達します。この筋肉の位置する周辺には、鎖骨下動脈や腕神経叢など、上肢への血流供給や神経支配に関わる非常に重要な血管や神経が走行しています。したがって、後斜角筋を含む斜角筋群周辺の解剖学的な構造を理解することは、これらの重要な構造物の位置を把握するためにも極めて重要です。後斜角筋は、これらの血管や神経とは一般的に離れた位置にありますが、斜角筋群全体としてはこれらの構造物との位置関係が密接であり、解剖学にも臨床的にも関心を持たれる部位です。

起始と停止の具体的な部位

後斜角筋が骨に付着する起始部と停止部は、以下の通りです。
起始（Origin）: 後斜角筋は、第四頚椎（C4）から第七頚椎（C7）までの全ての横突起から起始します。頚椎の横突起には、前結節と後結節と呼ばれる突起がありますが、後斜角筋は主にこれらの横突起の後結節付近から起始するとされています。特に、下位の頚椎（C5-C7）からの起始が顕著です。複数の筋束がこれらの横突起から起こり、下方へと集まりながら走行します。
停止（Insertion）: 後斜角筋の停止部は、胸郭の上部に位置する第二肋骨の外側面、特に後斜角筋結節（tubercle for scalenus posterior）と呼ばれる隆起部に付着します。この停止部は、第一肋骨に停止する前斜角筋や中斜角筋の停止部（斜角筋結節）よりも一段階下にあることが特徴です。この第二肋骨への強固な付着により、筋肉の収縮力が肋骨に直接伝わり、その挙上作用を可能にしています。

後斜角筋の主な機能

後斜角筋の主要な機能は、その停止部である第二肋骨を上方に引き上げることです。
第二肋骨の挙上: 筋肉が収縮すると、停止部である第二肋骨が、起始部である頚椎の横突起に向かって上方に引き上げられます。この動作は、胸郭の体積、特に上下径を増大させる効果をもたらします。
呼吸運動への貢献: 胸郭の容積が増加することは、特に深呼吸や努力呼吸といった、より多くの空気を肺に取り込む必要のある状況下で重要となります。安静時の呼吸運動は主に横隔膜の働きによって行われますが、激しい運動時や呼吸困難時などには、後斜角筋を含む斜角筋群のような呼吸補助筋が動員され、胸郭の拡張を助けることで換気量を増やします。後斜角筋は、このように吸気運動の補助筋として機能します。
* 頚部の安定化と運動: 後斜角筋は単独で機能するだけでなく、前斜角筋、中斜角筋とともに斜角筋群として働き、頚椎の安定性を維持する役割を担います。また、片側の後斜角筋が収縮した際には、頚部を収縮した側へと側屈させる作用や、わずかに反対側へ回旋させる作用にも寄与すると考えられています。ただし、これらの頚部運動における後斜角筋単独での寄与度は、他の斜角筋や頚部深層筋に比べて限定的である場合もあります。

まとめ

後斜角筋は、頚椎の下部（第四から第七頚椎の横突起）を起始とし、第二肋骨の外側面に停止する頚部の深層筋であり、斜角筋群の中で最も後方に位置しています。その主要な機能は、停止部である第二肋骨を上方に引き上げることによる胸郭の拡張であり、特に努力吸気時における呼吸補助筋として重要な役割を果たします。また、斜角筋群の一員として、頚椎の安定化や頚部の側屈・回旋といった運動にも関与しています。周辺には重要な血管や神経が走行しており、解剖学的にその位置関係を理解することは基礎解剖学において不可欠です。後斜角筋は、呼吸生理学や運動学、臨床医学など、様々な分野でその存在が認識されています。

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