微生物叢

微生物叢（マイクロバイオーム）とは

微生物叢（びせいぶつそう、microbiota）とは、ある特定の環境に存在する生きた微生物の集団を指します。これには細菌、古細菌、真菌、ウイルスなどが含まれ、その遺伝情報全体をマイクロバイオーム（microbiome）と呼ぶこともあります。微生物叢は、人間の体内、土壌、海洋、さらには建造物内など、地球上のあらゆる場所に存在し、それぞれの環境に適応した独特の生態系を形成しています。

定義と語源

微生物叢は、特定の環境に存在する微生物の集合体であり、その遺伝情報全体をマイクロバイオームと呼びます。マイクロバイオームは、単に遺伝情報だけでなく、微生物が生息する環境の状態も含む概念です。

従来、微生物叢を指す言葉として「フローラ（flora）」が用いられてきましたが、近年ではマイクロバイオーム解析の発展とともに、「マイクロバイオータ（microbiota）」がより一般的に使われるようになりました。「フローラ」は生態学における「植物相」を意味する言葉であり、微生物叢を指す用語としては適切ではありません。

微生物叢の研究は、メタゲノム解析という技術によって大きく進展しました。メタゲノムとは、環境中の微生物群集から直接DNAを抽出し、培養せずに網羅的に解析する手法です。この技術により、これまで培養が困難だった微生物の遺伝情報も解析できるようになり、微生物叢研究は飛躍的に発展しました。

微生物叢の構成要素とその解析手法

微生物叢は、細菌、古細菌、真菌、ウイルスなど、様々な微生物によって構成されています。これらの微生物は、互いに影響し合いながら、複雑な生態系を形成しています。

細菌叢（バクテリオーム）

細菌叢は、微生物叢の中でも最も研究が進んでいるグループです。細菌叢の組成を解析するためには、16S rRNA遺伝子の配列を解析するメタ16S解析が用いられます。16S rRNA遺伝子は、細菌に共通して存在する遺伝子であり、種によって配列が異なるため、細菌の種類を特定するのに役立ちます。メタ16S解析は、比較的簡単で安価に行えるという利点がありますが、PCRによる増幅の際にバイアスが生じる可能性があるという欠点もあります。

一方、全メタゲノム解析は、試料に含まれる全てのDNA配列を解析する手法であり、微生物叢の遺伝情報をより詳細に解析できます。全メタゲノム解析は、細菌だけでなく、真菌やウイルスも同時に評価できるという利点がありますが、メタ16S解析に比べて高価で複雑な解析が必要です。

真菌叢（マイコバイオーム）

真菌叢は、カビや酵母などの真菌によって構成されています。真菌叢の研究は、細菌叢に比べて歴史が浅く、解析も困難です。真菌叢の解析には、リボソームRNA遺伝子を隔てる内部転写スペーサー（ITS）領域や、細菌の16S rRNA遺伝子に相当する18S rRNA遺伝子がマーカー遺伝子として用いられます。

ウイルス叢（ウイローム）

ウイルス叢は、DNAウイルスやRNAウイルスなど、様々なウイルスによって構成されています。ウイルスは、細菌や真菌と異なり、全てのウイルスで共通して存在するような保存配列を持たないため、ウイルス叢の解析には、メタゲノム解析が用いられることが一般的です。人体に生息するDNAウイルスの多くは、常在細菌に感染しているバクテリオファージであり、ウイルス叢の研究は細菌叢との関連で扱われることが多いです。

宿主や環境と微生物叢

微生物叢は、宿主の健康や環境に深く関わっています。人間の腸内細菌叢は、消化、免疫、神経など、様々な生理機能に影響を与えています。また、土壌微生物叢は、植物の成長を促進したり、土壌の肥沃度を維持したりする役割を果たしています。

ヒトと微生物叢

人間の体には、腸内をはじめ、皮膚、口腔、膣など、様々な部位に微生物が定着しています。これらの微生物叢は、人間の健康に深く関わっており、疾病との関連も数多く報告されています。特に、腸内細菌叢は、消化、免疫、神経など、様々な生理機能に影響を与えることが知られています。

ヒト以外の動物と微生物叢

人間と同様に、様々な動物が微生物と共生関係にあり、固有の微生物叢を持っています。動物の微生物叢は、食性や行動によって構成が変化し、また、微生物叢が宿主となる動物の行動に影響を与えることもあります。

植物と微生物叢

植物は、微生物にとって魅力的な宿主であり、植物の表面や組織内には、様々な微生物が生息しています。これらの微生物は、植物の成長を促進したり、病原体から保護したりする役割を果たしています。

環境と微生物叢

微生物叢は、土壌、海洋、地下生物圏、建造環境など、様々な環境に存在し、それぞれの環境に適応した独特の生態系を形成しています。

土壌

土壌微生物叢は、土壌の肥沃度を維持したり、植物の成長を促進したりする役割を果たしています。また、地球の窒素循環にも関わっており、窒素固定細菌は、大気中の窒素を土壌に固定し、脱窒素細菌は、土壌中の窒素を大気中に放出します。

海岸

海岸には、シアノバクテリアなどの微生物が豊富に生息しており、初期の微生物叢を確認できる化石であるストロマトライトが発見されています。シアノバクテリアは、光合成によって酸素を生成し、地球の大気の組成を大きく変化させました。

地下生物圏

地下生物圏には、地表とは異なる独特の微生物叢が生息しています。これらの微生物は、化学合成によってエネルギーを獲得し、地下生態系を支えています。

建造環境

建造環境は、人工的に造られた環境であり、自然環境とは異なる微生物叢が存在します。建造環境の微生物は、主に人間の皮膚や口腔微生物叢に由来すると考えられています。

食品と微生物叢

食品の発酵には、微生物叢が重要な役割を果たしています。チーズ、ヨーグルト、味噌、醤油、日本酒など、様々な発酵食品は、微生物の働きによって作られています。

歴史

微生物叢の研究は、古典的には分離培養法を基礎とした手法が用いられてきましたが、近年ではメタゲノム解析などの新しい技術が登場し、飛躍的に発展しました。次世代シーケンサーの登場により、微生物叢の全体像をより網羅的に解析することが可能となり、様々な疾患との関連性が明らかになっています。

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