必読書150

『必読書150』とは

『必読書150』（ひつどくしょひゃくごじゅう）は、2002年（平成14年）に太田出版から刊行された、現代日本の代表的な批評家、思想家、作家ら7名が共同で編纂したブックガイドです。

この書物は、柄谷行人（文芸評論家・哲学者）、浅田彰（批評家）、岡崎乾二郎（造形作家・批評家）、奥泉光（小説家）、島田雅彦（小説家）、絓秀実（文芸評論家）、渡部直己（文芸評論家）という豪華な顔ぶれによって執筆されました。彼らは、現代社会において失われつつある知性を回復し、現実世界に主体的に対峙するために真に必要とされる書物群、すなわち「カノン（正典）」を提示することを試みています。そして、「読まなくてもいい本を抑圧する」という強い姿勢を打ち出し、「反時代的、強制的ブックガイド」と銘打たれています。本書の大きな特徴として、編者の一人である柄谷行人が序文で明記しているように、本書を刊行した太田出版から出ている書籍は一冊も選ばれていない点が挙げられます。

企画の背景と目的

本書の序文を担当した柄谷行人は、「教養主義を復活させようとしているのではない。現実に立ち向かうために「教養」がいるのだ」と主張し、現代における「教養」の意味を問い直します。単なる知識の蓄積や権威への盲従としての教養ではなく、現実世界に潜む問題を見抜き、思考を深めるための批判的な知性としての教養が求められている、という問題意識が根底にあります。

この問題意識は、浅田彰を除く他の著者6名による座談会「反時代的「教養」宣言」でさらに具体的に議論されます。ここでは、批判的に検討し、場合によっては解体すべき対象としてのカノンを、あえて最初に提示することの重要性が語られます。また、リストに挙げられた書物を読むことで、それまで分かっていたつもりの事柄が揺らぎ、知的な混乱に陥ることこそが良い方向への一歩であると述べられています。さらに、リストの書物は必ずしも最後まで読む必要はなく、合わないと感じたらすぐに次の本へ移り、自身に響く書物を深く読むべきだという、従来の読書論とは一線を画す挑発的な提案もなされています。健全な批判精神を養うためには、多様な思想に触れることが不可欠であり、時には批判的に検討すべき書物、いわば「毒」となる書物も意図的にリストに含めることで、知的な免疫力を形成する必要がある、という議論も展開されました。

本書の主な構成要素

本書は、主に以下のパートから構成されています。

反時代的「教養」宣言（座談会）

前述の通り、浅田彰を除く著者6名による座談会形式の議論が収められており、本書のコンセプトや選書に込められた意図、そして新しい読書論が率直に語られています。

必読書150

本書の中核をなすパートで、人文社会科学、海外文学、日本文学の三分野からそれぞれ50冊ずつ、合計150冊の「必読書」がリストアップされています。一冊につき見開き一ページが割かれており、7名の著者のうちいずれか一人によるその書物の解説、著者の略歴、そして他の主要な著作名が掲載されています。特定の版を指定している場合や、特定の書物ではなく選集や詩集などを指す場合は、出版社名も併記されています。

参考テクスト70

必読書リストに続いて紹介されているのが、人文社会科学に関する28冊、文学に関する18冊、芸術に関する24冊、合計70冊の「参考テクスト」リストです。こちらは必読書リストとは異なり、一冊につき一行から二行程度の簡潔な紹介文が付されています。ただし、この紹介文を誰が執筆したのかは、本文中では明らかにされていません。

リストを見て呆然としている人々のために――あとがきに代えて

小説家の奥泉光が執筆したあとがきです。必読書リストの膨大さや難解さに直面し、戸惑いや諦めを感じている読者へのエールとなっています。リストを見て呆然とすることは、むしろ知的な探求への素養がある証拠であり、恐れる必要はないと励まし、読書へと誘う結びとなっています。

本書の意義

『必読書150』は、「反時代的」「強制的」といった言葉が象徴するように、当時の一般的なブックガイドとは一線を画す権威的かつ挑発的な書物として受け止められました。単に名著を紹介するだけでなく、読者に知的負荷をかけ、思考の枠組みそのものを揺さぶることを意図しています。提示された「カノン」は絶対的なものとしてではなく、批判的に向き合うべき対象として示唆されており、読者自身が主体的に知の探求を進めるための出発点を提供する役割を果たしました。その強烈なメッセージと厳選されたリストは、出版から年月を経た現在も、多くの読者に知的刺激を与え続けています。

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