志賀廼家淡海

明治から昭和期にかけて、日本の大衆演劇において重要な足跡を残した喜劇役者がいる。志賀廼家淡海（しがのや たんかい）である。本名を田辺耕治といい、1883年（明治16年）12月13日に現在の滋賀県大津市堅田に生まれた。生家は割烹旅館を営んでいた。

故郷の民俗芸能である江州音頭で早くから才能を発揮し、人々の注目を浴びた。18歳で芸の道に入り、当初は桜川国丸と名乗った。明治38年（1905年）には、自らが中心となり新派劇団「堅国団」を結成し、座長として活動を開始する。

やがて彼の関心は、より大衆的な喜劇へと向かう。明治41年（1908年）、彼は喜劇役者へと転身し、この時、後に広く知られることになる志賀廼家淡海という芸名を名乗るようになった。劇団名も「八景団」と改称し、地方巡業を通じて芸を磨き上げていった。この地方巡業の途上、京都府舞鶴の浜辺で、彼の代表作となる「淡海節」の着想を得たといわれている。

「淡海節」は、大正6年（1917年）に熊本で行われた公演で「ヨイショコショ節」として初めて披露された劇中歌である。淡海が持つ天性の美声と相まって、この歌は瞬く間に評判となり、多くの人々から熱狂的に受け入れられた。特に庶民や花柳界で大流行し、やがて「淡海節」として広く定着した。この歌の成功は、志賀廼家淡海の人気を決定づけた。

大正8年（1919年）に八景団を解散した後、彼は本格的に喜劇俳優としての活動を続けた。当時の関西喜劇界で人気を二分した曾我廼家五郎・十郎と並ぶ名優として知られた。彼の喜劇は軽妙かつ人情味があり、多くの観客を魅了した。

第二次世界大戦後、活動の幅を広げた彼は、宗教的な題材にも取り組み始めた。東西本願寺の支援を受け、蓮如上人や親鸞聖人の生涯をテーマにした劇を制作・上演し、全国各地で公演を行った。

精力的な活動のさなか、1956年（昭和31年）10月15日、巡業先の鹿児島で突然この世を去った。72歳であった。

彼が生み出した「淡海節」は、単なる流行歌に終わらなかった。その心地よいリズムと親しみやすい歌詞は、人々の心に深く根を下ろし、彼の故郷である滋賀県大津市堅田では、現在も民謡として歌い継がれている。昭和59年（1984年）には、この伝統を守り伝えるため、淡海節保存会が結成され、彼の功績を偲んでいる。

志賀廼家淡海は、多岐にわたり活躍した演劇人であった。彼の生み出した「淡海節」と、大衆の心を掴んだ演技は、日本の演劇史に確かな足跡を残している。

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