慙紅葉汗顔見勢

慙紅葉汗顔見勢（はじもみじ あせの かおみせ）

「慙紅葉汗顔見勢」は、日本の伝統芸能である歌舞伎の演目の一つです。その正式名称よりも、「伊達の十役（だてのじゅうやく）」という通称で広く親しまれています。この通称が一般的になったのは、現代歌舞伎においてこの演目を復活上演し、その名を高めた三代目市川猿之助が、上演時にこの通称を用いたためです。演目の題名である「慙紅葉汗顔見勢」は、「恥も外聞もなく、もみじのように真っ赤になって、汗をかいた顔を見せる」といった情熱的で大胆な振る舞いを意味すると解釈されています。

概要と特色

物語の題材は、江戸時代前期に起こったお家騒動である伊達騒動に想を得ており、これは同じく有名な歌舞伎演目『伽羅先代萩（めいぼくせんだいはぎ）』と共通しています。しかし、『慙紅葉汗顔見勢』では、史実とは異なり物語の舞台が室町時代に設定されているのが大きな特徴です。

この演目の最大の魅力にして最大の特徴は、なんといっても主演俳優が一人で全く異なる十の役を演じ分ける「一人十役」という破格の趣向にあります。そして、この離れ業を可能にしているのが、舞台上で役柄や衣装、化粧を瞬時に変える「早替わり」という歌舞伎独特の演出技術です。早替わりが連続して用いられ、主演俳優が目まぐるしく舞台に登場と退場を繰り返しながら、一人で多くの登場人物を演じきる様は、観客に驚きと興奮を与えます。この早替わりの妙技を最大限に生かすように作品全体が構成されています。

歴史的経緯

この演目は、近代歌舞伎において特に重要視されるようになり、三代目市川猿之助によって復活上演されました。彼は、この「一人十役」「早替わり」を駆使するスペクタクルな作品を自身の代表的な演目の一つに据え、「猿之助十八番ノ内」に選びました。さらに、後に彼の芸の集大成とも言える「猿之助四十八撰」にも選定され、現代におけるこの演目の地位を確固たるものとしています。三代目猿之助以降も、澤瀉屋をはじめとする多くの役者によって受け継がれ、上演され続けています。

主演が演じる十役

主演俳優が一人で演じ分ける十役は、物語の中で敵対する「悪役側」と、それに立ち向かう「善人側」に大きく分けられます。それぞれの役柄が持つ個性や背景を、一人の役者が演じ分けるところにこの演目の妙味があります。

悪役側
赤松満祐（あかまつ みつすけ）: 足利家に滅ぼされた大名であり、後の悪の根源となる仁木弾正の実父。
仁木弾正（にっき だんじょう）: 赤松満祐の息子で、父から妖術・鼠の忍術を受け継いだ物語の中心となる悪の策士。
土手の道哲（どての どうてつ）: 仁木弾正の一味に加担する、悪徳な振る舞いをする坊主。
足利頼兼（あしかが よりかね）: 足利家の当主でありながら、花魁・高尾太夫を身請けしようとする権力者。
高尾太夫（たかお たゆう）: 足利頼兼と恋仲になる高級遊女。しかし、その身請け話には仁木弾正の陰謀が深く関わっています。

善人側
累（かさね）: 高尾太夫の妹であり、姉とは対照的な立場から物語に関わります。
絹川与右衛門（きぬがわ よえもん）: 累の夫。
乳人政岡（めのと まさおか）: 足利家の幼君・鶴千代の乳人。実子の千松をもつ。
荒獅子男之助（あらじし おとこのすけ）: 鶴千代を命をかけて密かに護衛する、剛胆な武士。
細川勝元（ほそかわ かつもと）: 室町幕府の管領。仁木弾正らの企てる悪の陰謀を暴き、事件の解決に導く重要な人物。

これらの多様な役柄を、早替わりを繰り返しながら次々と演じ分ける技術と体力は、まさに主演俳優に課せられた至難の業であり、同時に観客を熱狂させる最大の要素となっています。善人から悪人、女性から男性、武士から僧侶まで、性格も立場も全く異なる人物を一人で演じきることにより、物語のスケール感と劇的な効果を高めています。

作品の魅力

『慙紅葉汗顔見勢』は、そのストーリーテリングと共に、視覚的・技術的な驚きに満ちた作品です。早替わりによって目まぐるしく変わる舞台上の様相は、観客を飽きさせません。また、一人の役者が演じることで、それぞれの役柄の対比や関係性がより鮮やかに浮かび上がる効果もあります。特に、悪役側の首魁である仁木弾正と、物語の黒幕的な存在である赤松満祐、そして善人側の要である細川勝元や荒獅子男之助といったキャラクターを、同じ役者が演じ分けることで生まれる緊張感や意外性も、この演目ならではの魅力と言えるでしょう。現代の歌舞伎においても、主演俳優の力量が試される大作として、多くのファンに愛されています。

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