慶應義塾獣医畜産専門学校 (旧制)

慶應義塾獣医畜産専門学校：戦時下と戦後の狭間で生きた専門学校

慶應義塾獣医畜産専門学校は、昭和19年（1944年）に設立された私立の旧制専門学校です。当初は農学科、林学科、獣医畜産学科、農芸化学科の4学科を設ける計画でしたが、文部省の反対により、獣医畜産学科のみを独立させた形で開校しました。これは、当時の日本における理科系教育の重視と、既存の農学系専門学校の拡充優先という政策的背景によるものでした。慶應義塾の強い働きかけと政治的配慮によって、ようやく実現した学校設立でした。

開校から廃校までの歩み

開校当初は、約30名の学生が岩手県小岩井牧場での農耕作業にも従事するなど、実践的な教育に力を入れていました。しかし、太平洋戦争の激化により、空襲で校舎や施設を失うなど、厳しい状況に置かれました。終戦後には農学部への改組が検討されましたが、戦災の影響で財政的に困難な状況にあった慶應義塾には、その実現は不可能でした。

その後、埼玉県志木町に移転し、1947年には最初の卒業生を輩出しました。卒業生には獣医師免許が与えられ、社会に貢献する人材を送り出しました。しかし、戦後の学制改革により、1948年には慶應義塾農業高校（現在の慶應義塾志木高等学校）に転換され、1949年に3期生の卒業をもって廃校となりました。

教育理念と人材育成

獣医畜産専門学校は、質の高い獣医師の育成を目的としていました。教員には東京帝国大学の著名な教授陣からの助言を得て、高い専門性を備えた教育体制が構築されました。また、農業研究所の設立も計画されており、農業研究にも貢献しようとしていました。しかしながら、戦争と戦後の混乱という厳しい環境の中で、その目的を十分に達成するには至りませんでした。

戦時下の教育環境

日中戦争、太平洋戦争の激化により、学校教育は大きな影響を受けました。学生の大陸への渡航制限、軍事教練の強化、学徒動員の増加などにより、教育環境は著しく制限されました。慶應義塾は、そうした困難な状況の中でも、学問研究の維持に努め、学事振興資金の設置や語学研究所の設立など、将来を見据えた取り組みも行っていました。当初構想されていた農学部設立は実現しませんでしたが、獣医畜産専門学校設立は、その代替案として実現した部分的な成果でした。

遺産とその後

獣医畜産専門学校は短い歴史でしたが、356名の卒業生を送り出し、そのうち約6分の1が獣医師として社会に貢献しました。卒業生たちは「蟹ケ谷三田会」という同窓会を結成し、今も交流を続けています。志木町の校地は、慶應義塾農業高校に継承され、現在も教育の場として利用されています。獣医畜産専門学校の短いながらも重要な歴史は、戦時下と戦後の激動期における高等教育のあり方について、貴重な示唆を与えてくれます。学校の歴史は、慶應義塾の歴史、ひいては日本の高等教育史の一断面として、記憶にとどめておくべきでしょう。

もう一度検索