懈怠

懈怠（けだい、けたい）

「懈怠（けだい、けたい）」は、仏教において煩悩の一つに数えられる心の働きです。その梵名は `kauśīdya`（カウシーディヤ）といい、一般的には怠惰やものぐさといった意味合いで捉えられます。

仏教における懈怠の意味

仏教の文脈における懈怠は、単に身体を動かさない物理的な怠けに留まりません。それは、善いこと（善行）を実践しようとする心の努力を欠き、悪いこと（悪行）から離れようとする努力を怠るという、精神的な怠惰を指します。本来、仏教では悟りや解脱を目指す修行において、積極的に善を修め、消極的に悪を断つことが不可欠とされます。懈怠は、この essential な努力を放棄し、心が目標に向かって前進する意欲を失った状態です。心が果敢さを欠き、あるべき努力を先延ばしにしてしまう傾向は、仏道を歩む上で克服すべき重大な障害と見なされます。

教学上の位置づけ

様々な仏教の論書において、懈怠は煩悩の一つとして分類され、その性質が詳細に分析されています。

阿毘達磨倶舎論における分類

部派仏教を代表する論書である『阿毘達磨倶舎論』では、心の働きを分類する際に「五位七十五法」を用います。この枠組みにおいて、懈怠は大煩悩地法（だいぼんのうじほう）の一つとされます。大煩悩地法は、あらゆる不善の心に広く共通して生じる、根本的な煩悩の基盤となる心の作用です。これは、懈怠が特定の状況だけでなく、心が悪に向かいやすくなる広範な精神状態と密接に関わっていることを示唆しています。心が懈怠に陥ると、集中力が散漫になり、正しい判断ができなくなり、様々な煩悩が生じやすい土壌が作られます。

大乗百法明門論における分類

大乗仏教の重要な論書である『大乗百法明門論』では、心の働きを「百法」に分類します。ここでは、懈怠は根本煩悩に随伴して起こる随煩悩（ずいぼんのう）の中に位置づけられます。随煩悩の中でも、特に広く多くの心に随伴し、影響力の大きいものを大随煩悩（だいずいぼんのう）と呼びますが、懈怠はこの大随煩悩の一つに分類されます。これは、懈怠が貪（むさぼり）、瞋（いかり）、癡（おろかさ）といった根本煩悩と結びつきやすく、これらの煩悩の力によって善行が妨げられ、悪行が促進される重要な要因となることを示しています。部派仏教と大乗仏教で分類の詳細は異なりますが、いずれにおいても懈怠が仏道修行における深刻な妨げであるという認識は共通しています。

懈怠の影響と克服

懈怠は、修行者が解脱を目指す上で決定的な障害となります。善を修め、悪を断つ努力を怠ることで、煩悩はますます増大し、苦しみの連鎖から抜け出すことができなくなります。日々の実践においても、瞑想や読経といった修行を先延ばしにしたり、困っている人に手を差し伸べる機会を逃したりするなど、具体的な善行を妨げる原因となります。また、悪の誘惑に対して心が弱くなり、容易に誤った道に引き込まれるリスクを高めます。

仏教では、このような懈怠を克服し、積極的に善に努め、悪を遠ざける精進（しょうじん）の精神が非常に重要視されます。精進は、懈怠とは対照的に、正しい目標に向かって粘り強く努力を続ける心の力であり、煩悩を断ち切り、悟りを開くための essential な要素とされています。懈怠の自覚は、精進への第一歩とも言えるでしょう。

このように、懈怠は単なる「怠け」ではなく、仏道修行を妨げる深刻な心の働きであり、その克服が悟りへの道のりにおいて極めて重要であると説かれています。

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