瞋

瞋（しん）について

瞋（しん）は、仏教における煩悩の一つであり、怒りや憎しみを表します。この言葉は、梵語である「dveṣa」「pratigha」や、巴利語の「dosa」から派生しており、人が持つ負の感情を指す重要な概念です。瞋恚（しんに）とも称されるこの感情は、自分の期待や希望に反する対象に対して生じる強い怒りや憎悪のことを意味します。特に、自分の心と異なるものに対して抱く否定的な反応が、この瞋の特徴です。

仏教の教えの中では、瞋は人間の悪と苦しみの根源の一つとされており、「三毒」と呼ばれる欲・瞋・無明の一つに位置づけられています。この三毒は、精神的な苦しみや悪業の主要な原因であり、人々が安寧を得るためには、これらの感情を乗り越える必要があります。また、瞋は「十悪」の一部であり、悪しき行いを引き起こす要因でもあります。

瞋の定義と解釈

大乗阿毘達磨集論（Abhidharma-samuccaya）によれば、瞋は「苦、衆生、苦を備えた心への怒りを本質とし、安穏ならざる状態に住し、悪しき行いの依り所たること」という定義が示されています。つまり、他者の苦しみに対する怒りが根底にあり、その状態が悪行を引き起こす要因となりえます。このような観点から、瞋は単なる感情ではなく、深層心理に根ざした行動喚起の要因として理解されます。

また、「法相二巻抄」における唯識の解釈では、自我に対する背反を感じる際に怒りを覚える心の動きが説明されています。「自分がないがしろにされた」という感情が、瞋を引き起こす重要な要素であるとされます。

瞋への対抗策

瞋や怒りを克服するための方法については、パーリ仏典の中で示されています。特に、「大ラーフラ教誡経」（Mahārāhulovāda-sutta）では、釈迦が息子のラーフラに対し、瞋の感情を抑えるための教えを説いています。ここでの教えは、心を穏やかに保ち、他者への悪意や怒りを抱かないようにすることの重要性を強調しています。さらに、鋸喩経においても、心を乱さないように比丘たちに説かれており、感情の制御が仏教においていかに重要視されているかがわかります。

これらの教えは、瞋から解放され、心の平安を得るための重要な指針となります。瞋を理解し、それに対処する方法を学ぶことで、私たちは日常生活におけるストレスや対立を軽減し、より豊かな心のあり方を実現できるでしょう。

参考文献

• - 中村元『ブッダの言葉』新潮社。
• - 櫻部建、上山春平『存在の分析<アビダルマ>―仏教の思想〈2〉』角川書店。
• - 中村元『龍樹』講談社学術文庫。

瞋の理解は、煩悩の認識から始まり、瞋を克服するための実践へと繋がります。仏教の教えを通して、私たちは怒りを少しずつ手放し、心の平和を追求する道を歩むことができるのです。

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