我が子を食らうサトゥルヌス (ルーベンス)

『我が子を食らうサトゥルヌス』：ルーベンスが描く神話の恐怖

ピーテル・パウル・ルーベンスによる『我が子を食らうサトゥルヌス』は、17世紀バロック美術を代表する作品の一つです。この絵画は、ギリシア神話のクロノス神（ローマ神話ではサトゥルヌス）が、我が子を呑み込むという恐ろしい場面を描いています。ルーベンスは、この神話を題材に、人間の根源的な恐怖や欲望を表現しました。本作品は、スペイン国王フェリペ4世の狩猟館トゥーレ・デ・ラ・パラーダの装飾のために制作され、現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されています。

神話の背景

物語は、クロノスが父ウラノスと母ガイアから、息子に倒される運命にあると予言されたことに始まります。それを恐れたクロノスは、妻レアが産む子供たちを次々と呑み込んでいきました。嘆き悲しむレアは、両親の助言を受け、密かにゼウスをクレタ島で出産します。クロノスには、岩をゼウスの代わりに呑み込ませました。成長したゼウスは、父クロノスを倒し、神々の王となりました。この神話は、オウィディウスの『祭暦』でもサトゥルヌスの物語として語られています。

作品の制作経緯

1636年、フェリペ4世はトゥーレ・デ・ラ・パラーダの装飾のため、ルーベンスに膨大な数の絵画を発注しました。その数、神話画63点、狩猟画50点にも及びます。これは、ルーベンスの過去の仕事をはるかに超える大プロジェクトでした。納期の短さから、ルーベンスはかつての弟子たちに制作を委託せざるを得ませんでした。自身が手掛けたのは、本作品を含むわずか15点ほどでした。

絵画の詳細

ルーベンスは、オウィディウスの『祭暦』に基づいて、サトゥルヌスが我が子を呑み込む瞬間を描いています。老いたサトゥルヌスは、白髪を振り乱し、苦悶の表情で幼子を食らおうとしています。幼子は、激痛と恐怖に耐えながら泣き叫んでいます。老いたサトゥルヌスの肉体は、かつての壮健さを感じさせますが、その肌はたるみ、皺が刻まれています。ルーベンスは、筆の勢いをそのままに、老いた神と幼子の肌の対比を際立たせています。背景には、黒雲が渦巻き、サトゥルヌスを象徴する土星が三連星の形で描かれています。

図像的源泉

サトゥルヌスの図像には、ミケランジェロの『最後の審判』に描かれた聖バルトロメウスの影響が見られます。ルーベンスは、イタリア滞在中にミケランジェロの作品を模写しており、その影響を受けています。また、ヘンドリック・ホルツィウスの銅版画『キューピッドとプシュケの結婚式での神々の宴会』に描かれたサトゥルヌスも、ルーベンスの作品に影響を与えたと考えられています。

土星の描写

画面上部に描かれた土星は、ガリレオ・ガリレイの天体観測に基づいています。当時、土星の環はまだ知られておらず、ガリレオの望遠鏡では、土星の周囲に3つの星が並んでいるように見えました。ルーベンスは、この当時の最新の天文学知識を取り入れ、土星を描いています。この絵画が描かれた後、土星の環が発見され、その正体が明らかになりました。

後世への影響

ルーベンスの『我が子を食らうサトゥルヌス』は、フランシスコ・デ・ゴヤの同名の作品に影響を与えた可能性があります。しかし、ゴヤの作品には、サトゥルヌスを特定するアトリビュートは見当たらず、犠牲者も幼児には見えません。ルーベンスの作品が、後世の芸術家たちに強い衝撃を与えたことがうかがえます。

まとめ

ルーベンスの『我が子を食らうサトゥルヌス』は、神話の恐怖をリアルに描き出した傑作です。その強烈な表現は、観る者の心に深く刻まれます。本作品は、バロック美術の最高峰の一つとして、現在も多くの人々に愛されています。

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