或る検事の遺書

或る検事の遺書

『或る検事の遺書』は、1927年に小栗虫太郎が「織田清七」のペンネームを用いて発表した短編小説であり、彼のデビュー作にあたります。この作品は、当時の雑誌『探偵趣味』の10月号に掲載され、多くの推理小説ファンの注目を集めました。小栗虫太郎は後の文芸活動においても、さまざまなジャンルで独自のスタイルを確立していきますが、この作品はその基礎となる重要な一歩でした。

出版の経緯

小栗はこの短編小説を執筆する際の経緯について、後にいくつかのコメントを残しています。彼は生前この作品を単行本として再録することはありませんでしたが、1970年に桃源社が出版した短編集『絶景万国博覧会』に初めて収録されました。文学評論家の島崎博は、当時の好評や不評が、小栗自身がその後の作品をどう位置づけるかに影響を与えたと指摘しています。このように、本作は小栗の文筆活動において重要な位置を占めています。

あらすじ

物語は、高利貸しであり肺結核に苦しむ木元吉次が、自宅で変死体として発見されたことから始まります。捜査を担当した森田検事は、実は木元から金を借りていたという背景があり、前日に木元と口論をしていたため、捜査に難航することになります。

捜査が進む中で、木元の妻である静子と隣居の眼科医・佐藤治三郎の不審な行動が森田によって明らかになり、二人は逮捕されます。捜査の結果、佐藤と静子が共謀して、木元が寝ている間に麻薬成分を注射して殺害した事実が判明します。しかし、木元の胃の中にあったアトロピンが非常に少量で、ほとんどが口腔内に残っていたことが疑問を呼びます。

さらに、注射器の針が木元の唇に誤って刺さったという証言が、二人の計画の不自然さを浮き彫りにします。つまり、木元はすでに重篤な状態にあったのではないかという疑惑が生じます。それにもかかわらず、静子は懲役8年の判決を受け、獄中で自ら命を絶ち、佐藤は死刑となりました。

物語のクライマックスでは、佐藤の処刑後、森田は友人である昆虫学者の那古のもとを訪れ、木元の死の真相に迫ります。これにより、不確かだった事件の詳細が次第に解明され、読者に深い印象を残します。

まとめ

『或る検事の遺書』は、推理小説の緊張感と人間ドラマを融合させた作品であり、多くの読者に忘れられない印象を与えています。小栗虫太郎のデビュー作としての役割を果たしつつ、彼の後の文学活動につながる重要な業績となったことは疑いようがありません。推理小説を愛するすべての人々に、一度は手に取って読んでほしい一篇です。

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