戦争と女の顔

戦争と女の顔：レニングラードの傷跡と女性の絆

『戦争と女の顔』（原題：Дылда、英題：Beanpole）は、2019年に公開されたカンテミール・バラーゴフ監督によるロシアの歴史ドラマ映画です。スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチのノンフィクション作品『戦争は女の顔をしていない』を原案に、監督自ら脚本を執筆しました。第二次世界大戦直後のレニングラード、荒廃した街と心に深い傷を負った人々の姿を、圧倒的な映像美と繊細な演出で描き出しています。

物語：壊れた魂と、それでも続く人生

物語の中心となるのは、戦争でトラウマを負った二名の女性、イーヤとマーシャです。「のっぽ」というあだ名で呼ばれるイーヤは、軍病院で看護師として働いています。彼女は戦友マーシャが戦場で産んだ息子パシュカを育てていますが、ある日、PTSDの発作でパシュカを窒息死させてしまいます。

その後、戦場から帰還したマーシャは、息子の死という悲劇に直面します。深い悲しみと罪悪感に苛まれる彼女とイーヤは、奇妙な共依存関係を築きながら、それぞれの人生と向き合っていきます。ダンスホールでの出会い、予想外の性的関係、安楽死への関与、そして子供を望むマーシャの切実な願い。二人の女性は、傷つきながらも、互いに支え合い、時にぶつかり合いながら、生き抜こうとします。

映画は、戦争の残酷さを直接的に描くだけでなく、その影で苦しむ人々の内面世界に深く焦点を当てています。PTSDに苦しむイーヤの不安定な精神状態、自暴自棄になりながらも生きようとするマーシャの葛藤、そして周囲の人々の複雑な人間関係が、リアルに描かれています。安楽死という極めて重いテーマも、淡々と、しかし深く掘り下げられ、戦争の傷の深さを改めて認識させられます。

衝撃的なラストシーンと、希望の光

物語は、マーシャが路面電車の事故で負傷したと誤解されたことから、クライマックスを迎えます。イーヤが無事であることを確認したマーシャは、イーヤへの複雑な感情と自身の未来への不安を吐露し、二人は抱擁します。妊娠できなかったイーヤへの怒り、サーシャとの破局、そして未来への希望が入り混じったマーシャの感情が、観客の心に突き刺さります。

ラストシーンは、希望と絶望が入り混じった、複雑な感情が湧き上がる場面です。二人の女性は、互いの苦しみを共有し、これから一緒に生きていこうという決意を新たにします。決して明るい未来が約束されているわけではない、しかしそれでも、人生を諦めず、前に進んでいこうとする二人の姿は、希望の光を感じさせます。

評価と影響：高い評価と、ロシア国内での上映禁止

『戦争と女の顔』は、カンヌ国際映画祭のある視点部門でプレミア上映され、監督賞とFIPRESCI賞を受賞しました。アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートは逃したものの、最終選考に残るなど、高い評価を得ています。Rotten Tomatoesでは93%の高支持率を誇り、批評家からも絶賛されています。

しかし、ロシア国内では、女性同士のキスシーンが問題視され、観客からのクレームを受けました。さらに、ロシアのウクライナ侵攻後、監督のバラーゴフがロシアを批判したことから、ロシア国内での上映は禁止され、監督自身も脅迫を受けて国外へ脱出しています。これは、この映画が単なる歴史ドラマではなく、現代ロシア社会の政治状況とも深く関わる作品であることを示しています。

結び：記憶と再生

『戦争と女の顔』は、単なる戦争映画ではありません。戦争の傷跡と、それを乗り越えようとする人々の姿を通して、人間の強さと脆さ、そして愛と喪失の普遍的なテーマを描いた、深く感動的な作品です。この映画は、私たちに戦争の悲惨さだけでなく、その後に残された人々の苦しみ、そしてそれでもなお続く人生の希望を考えさせる、忘れがたい作品でしょう。

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