戦争省

イギリス戦争省：陸軍統括機関の興亡と変遷

1684年から1964年まで、イギリス陸軍を統括した行政機関、戦争省。その歴史は、イギリス軍の組織構造や権力バランスの変化を如実に反映しています。陸軍省、軍務省とも呼ばれたこの機関は、王政復古後の権力闘争、植民地支配、そして近代化への過程を背景に、誕生から消滅まで劇的な変遷を遂げました。

戦争省の前身は、陸軍卿を補佐する軍務所でした。ピューリタン革命期、王党派と議会軍双方にその原型を見出すことができます。当初、陸軍卿は陸軍総司令官に従属する立場でしたが、1660年の王政復古以降、徐々に権限を拡大していきます。18世紀には、軍事面での国王への助言者、軍事財政に関する議会の責任者としての役割を担い、国務卿に匹敵する権力を有するようになりました。しかし、1794年に陸軍大臣が新設されると、その地位は相対的に低下していきました。

1801年には、植民地省と統合され、陸軍・植民地省が誕生します。しかし、クリミア戦争（1853-1856年）でのイギリス陸軍の非効率性が露呈したことを契機に、大規模な組織改革が実施されます。1854年、植民地省は陸軍省から分離され、陸軍大臣と植民地大臣が改めて設置されました。1863年には、陸軍卿の職位自体が廃止されました。

1868年から1874年にかけて陸軍大臣を務めたエドワード・カードウェルは、陸軍省による陸軍行政の効率化を推進しました。しかし、軍令権は引き続き陸軍総司令官が掌握していました。王族が陸軍総司令官に就任することが多かったため、この権力構造の改革は遅々として進みませんでした。

転機となったのは、1895年のケンブリッジ公ジョージの辞職です。長年陸軍総司令官として君臨し、改革を阻んできたケンブリッジ公の退任により、陸軍総司令官の権限制限が実現しました。戦争省には軍政一般に関する助言を行う軍務評議会が、陸軍総司令官の下には軍令に関する助言を行う陸軍局が設置されました。1904年、軍務評議会と陸軍局は合併し、陸軍本部が誕生。陸軍大臣の指揮下に置かれました。同時に、陸軍総司令官の職位は陸軍参謀総長へと改組されました。

1964年、イギリス軍の組織は抜本的に改革され、陸海空軍を統合する国防省が新設されました。これに伴い、陸軍大臣、戦争省、陸軍本部は廃止されました。旧戦争省は国防省の陸軍委員会として新たな役割を担うことになったのです。

ロンドン中心部に現存する戦争省の建物は、1906年から1964年まで使用されました。7階建て、約1000室という巨大な建物は、5年の歳月と120万ポンド（当時）の巨費を投じて建設されました。2014年、国防省はこの建物をインド資本のヒンドゥジア・グループに売却しました。

戦争省は、単なる行政機関としてだけでなく、イギリス軍の近代化、組織改革、そして権力構造の変化を象徴する存在でした。その歴史を辿ることは、イギリス軍事史、ひいてはイギリス近代史を理解する上で欠かせない要素となるでしょう。フローレンス・ナイチンゲールが、その簡素な住居兼事務所を「小陸軍省」と揶揄されたという逸話も、戦争省という組織の大きな影響力を示す一例と言えます。

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