打海文三

打海文三（うちうみ ぶんぞう）は、日本の作家。本名を荒井一作（あらい いっさく）という。

1948年8月4日、東京都に生まれる。早稲田大学政治経済学部を卒業後、映画の助監督、さらには農業といった異色の経歴を持つ。これらの経験は、後に作家として活動する上で、その作品に多様な視点やリアリティをもたらしたと考えられる。

作家としてのキャリアは、1992年に始まる。この年、応募作である『灰姫 鏡の国のスパイ』が第13回横溝正史ミステリ大賞の優秀作に選ばれ、小説家としての第一歩を踏み出した。デビュー当初はミステリーの分野で注目されたが、次第にジャンルにとらわれない独自の作風を確立していく。

その筆力は、2000年代に入るとさらに高く評価されるようになる。2002年には、長編小説『ハルビン・カフェ』により、第5回大藪春彦賞を受賞した。この作品は、過去と現在が交錯する複雑な構成と、人間の内面に深く切り込む描写が特徴であり、批評家や読者から高い評価を得た。

打海文三の作品群の中でも、特に重要な位置を占めるのが『応化戦争記シリーズ』である。これは、近未来の日本を舞台に、荒廃した社会とそこで生きる人々の葛藤、そして内戦の過酷さを描いた壮大なスケールのSFシリーズである。シリーズは『裸者と裸者』、『愚者と愚者』と続き、最終章として『覇者と覇者』が構想されていた。暴力や権力、そして人間の尊厳といった重いテーマを扱い、読者に強烈な印象を残した。

しかし、不幸にもシリーズの完結を見ることなく、2007年10月9日に心筋梗塞のため、59歳で急逝した。作家の死後、2008年10月には、未完となっていた『応化戦争記シリーズ』の最終作『覇者と覇者』が、下巻の第3章までの内容で上下巻合本として刊行された。これは、多くの読者の願いと、作家の遺志を尊重する形での出版であった。

打海文三の作品は、ミステリーやSFといったジャンルに分類されつつも、そこから逸脱する力強さを持つ。社会への鋭い眼差し、人間の暗部や弱さを容赦なく描くリアリズム、そしてその中に垣間見える叙情性が、独特の魅力を放っている。短い作家人生ではあったが、その残した作品は日本の現代文学、特にミステリーやSFの領域において、確かな足跡を残している。

以下に、主な単行本作品を挙げる。

灰姫 鏡の国のスパイ
時には懺悔を
そこに薔薇があった
兇眼
されど修羅ゆく君は
ピリオド
Rの家
ハルビン・カフェ
愛と悔恨のカーニバル
一九七二年のレイニー・ラウ
ロビンソンの家
ぼくが愛したゴウスト
苦い娘
ドリーミング・オブ・ホーム&マザー
応化戦争記シリーズ
裸者と裸者 上・下
愚者と愚者 上・下
覇者と覇者 上・下（未完）

また、単行本には未収録の短編も存在する（例:「男たちの長い旅」）。

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